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洗足学園でリハーサル

a0041150_18284252.jpgフルートの萩原貴子さんとのリハーサル、家でやっても良かったのだが、萩原さんが学校行事のコンサートなどがあって身動きが取れないというので、洗足まで行ってきた。洗足はもちろん音楽大学、あの「のだめ」の収録が行われた学校である。さすがに豊かな私立はキャンパスは美しく、のびのびとした良い空気が漂っていてすばらしい。ただ音楽業界は厳しいわけで、ここから卒業した後の屈折と挫折の人生を考えれば気が重いこと。音楽学校というものは、それゆえの独特な空気が流れていると感じる。それにしてもレッスン室も大変きれいで設備も整っている。そういえば洗足でのリハーサルというのは何度もあった。ずっと若いころだが、ウィーンのペーター・シュミードルさんとのコンサート前に、夜遅くここに通ったこともあった。

さてリハーサルは時間をかけて万全。とても楽しい時間だ。普通のリハーサルは、お互いの約束事を確認するためのものだったりするが、我々のはそうではなく、より自由にお互いの良さが発揮できるようにするために、よりオリジナルの楽譜を熟読して、そこから可能性を探る作業である。だからこそ本番を重ねていくことも、そういう意味でのアンサンブルの成長を促してくれる。とにかく巧い人との共演は楽しい。弾けないからここを遅くしなきゃない、小さく弾かなきゃない・・・とか(笑)絶対にあってはならない。技術を超えた魔術の領域に遊ぶ楽しさ(笑)!演奏する側の喜びはまさにそこなのだから。

今回は大好きなデュティーユのソナティネがある。フルートの人にはあまりにも有名で、新鮮味もないのだろうけど、ラヴェル以来のテクスチュアの美しい、音の魅力が満載された名曲だ。多くの演奏に接する機会に恵まれているが、作曲の巧さにベールがかけられてそれなりに聴こてくる。でも実際に楽譜をよく勉強してみると、ただ音符を音にしただけのような演奏が多いのに驚き、正直がっかりする。技術があるだけに、特に日本人の演奏はそういうものになりやすいようだ。今回邦人は3人ほどCDを聴いたが心は動かない。これではただの試験曲のようなレベルである。かと言って、個性が強く表に出すと曲が壊れるかもしれないので、いくらアイデアがあってもへなへなした外国人の演奏はもっとまずい。情熱と官能、抒情性がうまくバランスがとれた演奏というのは、やはり楽譜のフレージングに忠実である。

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現代最高のフルーティストと言えばエマニュエル・パユということになるのだろうから聴いてみると、おそらく技術的にはとてもちゃんとしていて、音楽的にも余裕があるのだろうと思う。彼の吹く姿とともにライヴであると、抑えたような暗めな情感が、クールな味わいを持って独特な哀感があるような感じもするのだが、録音のせいかもしれないがCDだととても平べったい印象。表現はすこぶる丁寧であるけれど情感の香り立つようなものはあまりないようだ。のんきな音楽に聴こえてくるのも面白いし、思ったほどの魅力を感じない。ル・サージュのピアノも冴えてはいるのだけれど、肝心な部分が失われたような空虚さを感じる。

管楽器の技術のポイントとしては、きっと音程と音色がまずは重要な部分なのだろうが、専門家でないとそれほどは気にならなかったりもする。しかし、かつてフルート界の貴公子と言われたパトリック・ガロワの近年の録音では、中高音域のHやCの楽器の調整の悪そうな音色と音程がとても気になった(笑)。パユの後では分も悪い。さらに紋切型というか、フレージングの終わりなどの無神経な切り方が音楽的な流れも深みも阻害する。これは絶対にまずいだろう。共演のピアノもノーアイデアで、ちゃんとは弾いているのだがこれにお金は払えない。

マリオンの弟子のアーシルドゥル・ハラルズドゥッティルのCDは、きっと技術的には前の二人よりも難があると思われるのだが、私にはお気に入りのものである。さりげない1音にも表情の心遣いが見える。ピアニストのエネルギー値の方が大きくて、それが曲によってはやや問題があるが、それでもサンカンのソナティネの演奏などから醸し出される独特な非凡な空気に魅力を感じる。作品に対する共感というか、そういう気持ちが演奏にあるのはやはり良いと思う。ちなみにこの人、Ashildur Haraldsdottirと書くのだが日本読みの表記も難しい(笑)。アシルダ・ハロルズドティールかもしれないね。Haraldsdottirというのはアイスランド人の名前でHaraldの娘ということ。ロシアやポーランドでステファンスキーさんの奥さんや娘がステファンスカになるような感じだ。

表記と言えばヴァンサン・リュカのこともヴィンセント・ルーカスと書く評論家がいたりする。責められることではないけれど、こちらは有名なフルーティストなのでマズイかな(笑)。このリュカが吹いたデュティーユは、私がフルート的な技術そのものの正しい評価はできないとしても、音楽的にも表現の幅から言っても、解釈とともに王道を行くものであり、何よりも「フランス音楽を聴く楽しみ」が横溢している。響きのバランス、楽器同士の作り出すハーモニーが美しい。曲に対する気持ちが巧く共鳴し合っているという感じだろうか。こういうスタンスの人とは、きっと楽しい共演が可能だと思う。このCD自体デュティーユの名曲を集めたものなので、私としては大のお気に入り。ピアノソナタの3楽章に関してはもっと巧い人もいるだろうが、それでも悪くはない。

a0041150_23153621.jpga0041150_23154991.jpg洗足のほぼ前にあるイタリアンレストランでご飯を食べることになったが、萩原さんの「美味しいよ」という言葉通り、思っていたよりずっと美味しいものに巡り会えた。そうそう、大体昔から我々は食べ物には鼻がきくのだった(笑)。フィオーレの森と言われる一角にフレンチだのカフェだのがあって、その辺りが色々ちょっとお洒落な空間になっている。「リストランテ・フィオーレ」は何でも「溝口の奇跡」と称されるほどのレストランらしい。確かに普通にランチをしたのだが、お味は意外なほどバランスが良く美味しい。「奇跡」というのは、ここに枯れない「奇蹟の井戸」と呼ばれるものがあるらしいので、そこから来たのかもしれないが、学校のそばにこんなレストランがあるのは幸せだねえ。もっとも生徒や先生はほとんど見かけないとのこと。洗足は幼稚園や小学校は人気も高く、そのセレブなお母さんたちのたまり場のような感じらしい。

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「アナゴとアスパラを使ったサラダ」ではアナゴがとても旨い。ふっくらとした身と野菜の対比、それを自然にまとめたサラダは、とてもさりげないけれどありふれたものではなかった。生のトウモロコシを使ったスープは、女性たちを意識したメニューだ。スープのお味も濃厚で美味しいのだが、それをフレッシュな気分で飲めるような演出を感じさせる。パスタは「ミートソース」。パスタはカボチャを織り込んだタリアテッレで、あまりカボチャが強くならずに風味程度にとどめている。ミートソースはトマトの酸味は薄く、ガーリックが強い感じ。もう少しパルメザンチーズが欲しかったのと、パスタ自体の食感のメリハリが強いほうが好みだ。メインの鶏のローストは3種のキノコがあしらってあり、鶏肉の旨さが引き立つように、強すぎないソースでまとめてあった。ボリュームもある。「普段はパスタまでしか食べないけど、なかなか良いね」と萩原さんもご満悦。私にはデザートがちょっと。中途半端な地方のホテルのフレンチのムース系のデザートは好きではない。ここまでお料理がちゃんとしているのだから、ベイシックなプリンやティラミスみたいなものでも良かったように思う。とはいえ大満足!学校の目の前にこれだけ美味しいレストランがある所なんて、ほとんど知らない。ラッキーな1日だった。
by masa-hilton | 2010-09-15 00:11 | 日々の出来事
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