昭和女子大のコンサートの後で、涙の出会い!!

昭和女子大の学生の授業のためのコンサート、無事終了です。ポピュラーの「マイクを使うコンサート」は私などは非日常的なことだから面白いですね。面白いんだけど、これが長時間続くと大音量で頭痛になっちゃう(笑)。これはお客として聴きに行くときはもっと大変、ブルーノートぐらいの長さでちょうどいい。単なる職業病ですね。ロックのコンサートは絶対無理(笑)。逆にロックが好きな人は、クラシックのピアニッシモ勝負みたいな世界は耐えられないでしょうしね。
a0041150_14382160.jpg

そうは言っても、純正クラシックピアニストとしては(笑)私は慣れているほうなんですよ。マイクのせいで、微妙な感覚も失われ七色の音色も三色ぐらいに加工されてしまうので、これはこれで技術が必要ですね。ナマ音がベストには違いありませんが、野外だったら無理だし(笑)テレビのナマ録というのも一種のPAです。しかし奇跡的にヨーロッパの古代劇場にはナマの所もあり、それはそれで凄いですよね。

基礎テンポそのものが自由に揺れていて、表面は絹のようになめらかで揺らぎのないクラシック、基礎テンポはカッチリしていて、それをもとに表面はかなり自由に崩したりするポピュラー。ある意味、水と油ですね。でもそれが水と油だということがわかっていれば大丈夫(笑)。また最近、私は全くクラシックの演奏法のままに、ポップスを弾くということをマスターしました(笑)。新CD「神曲・秘曲/ダンディ・鳥の詩」でもそのスタイルですが、これがとても好評で「内容の濃さとエンターテインメント性が絶妙なバランス」とお誉めの批評を戴きました。赤坂さんもそうですが、長年の経験で独自のスタイルを楽しむことができます(笑)。

というわけで、この日は2時入り。夜のコンサートですがマイクのサウンドチェックもあるので早めに集合。これではおなかもすきそうなので、12時に「大市」で「すき焼き定食」。まいど~!
a0041150_1437739.jpg

この日は「大市」超混雑。いいね~!こうじゃなくちゃ。その価値あります!美味しいしガッツリ食べられる。何と12時半には無くなってしまって、ランチ終了となりました。ブラボー!「大市」のおじちゃんは、これでまたお昼は「三崎丸」に行くのかな(笑)?

雨谷さんのコンサートは大体いつものプログラム、レパートリーの解釈も確定しています。トークも台本があって作り込んでいるようだから、コンサート自体は粛々と進んでいく感じです。面白いですよね。いつものクラシック組のコンサートのほうが、何も決めずにライヴ感満載、時間通りには終えるけど全て自由、解釈も毎回違う・・・・ジャンルのイメージだと逆のように思われがちですが、舞台裏は実は正反対だったりすることが多いのですよ。ホント不思議。

コンサートが終わって三軒茶屋に向けて歩いていると「鰻3000円」の文字が(笑)。別に気に留めなかったのですが、次の瞬間、目の前の交差点が一瞬のうちにタイムスリップしました。この高速道路が走る道は、昔は「玉電(路面電車)」が走っていた道です。今は世田谷線として残っているアレです。二子玉川から渋谷まで路面を走っていて、私は子供の頃、桜新町付近に住んでいましたので利用頻度は高かったです。リンクさせて戴いたのは「なめくじ会」のサイト、その中のこの写真はまさに私の少年時代の桜新町、右に見える「かめや」さんというお蕎麦屋さん!頻繁に出前お願いしてました。そして、ピアノのレッスンは池尻・三軒茶屋付近の先生のお宅に通ったので、実は三軒茶屋も懐かしい場所だったんですよ。

レッスンが終わるとご褒美に、交差点の所にあるお鮨屋さんで「鰻重」、または中年紳士がやっている「とんかつ屋」さんで食べるのが常でした(笑)。よくよく見ると「鰻3000円」の看板はお鮨屋さん?「三河屋」さんのものでした。「まさか?」と思いつつ、交差点の位置を確認。お鮨屋さんの横には斜めの細い道が。ここを行くと「とんかつ屋」さんがあったはず?さらに思い出したのは「鰻重」を出す鮨屋さんが2軒あったことです。私が9歳か10歳頃の話、もう45年も前のことです。
a0041150_14392897.jpg

どうせ人形町に帰っても夜遅いし、また中華で「天津丼」になりそうだから(笑)、鰻食べてみようと思いました。別に不味くたって、思い出の店でなくてもかまわないしね。

「三河屋」さんに入店、中は意外に狭くて常連の酔っ払いが大騒ぎされてます(笑)。鰻は特上が3000円、上が2500円。一応「特上」を注文。そして恐る恐るお店の人に聞きましたら、あああ!!昔の店でした!ジャスト!感涙です!東京オリンピック前から場所もずっと同じだそうです。上にリンクした「なめくじ会」のサイトのこの写真の右はじにお鮨屋さんが見えます!これこそ当時の「三河屋」さん!はっきり読めますね。

「そうそう、もう一軒あるわよ、巴屋さんのことでしょ?」とのことで、こちらも私の覚えていた通り!!「巴屋さんは表通りから撤退されてしまわれたの。トンカツ屋さんもあるわよ、小さいお店でしょ?」と女将さん。

トンカツ屋さんは亡くなられて20年前に閉店されたとのこと。トンカツ屋さんのおじさんは、私が子供なのでいつもアイスクリームをサービスしてくれました。45年・・・恐ろしく長い歳月です・・・でも覚えています。レッスンではツェルニーでしぼられていました・・・厳しいレッスンは苦しくて悲しいことが多かった。どれだけ罵倒されたことか。

あの頃・・・子供だったけど何が目的だったのかな、何を夢見ていたのだろうか?と考えると「ピアニストになりたい」ということだけだったように思います。今の時代と違いますから、情報がないだけに、誰かよりうまくなりたいとか、人にほめられたいとか、コンクールで賞をとりたいとか、そんな気持ちは何もなく。それが良かったんですね。結局、うまくなったところで誉められてコンクールで賞をとっても、それもキリがなく、よく考えれば人生としてみれば「ただの自己満足」だけであって、どれだけの意味があるのか?苦労だけで何も生まれやしません。身の程知らずであっても「ピアニストになりたい」と思わなければ「実り」がない。そういう意味では良い時代を生きました。そして私の人生、まがりなりにも夢が叶っています。本当に運が良かったし、多くのかたに助けていただきました。

そんな私の感謝と幸せがあふれてくる、懐かしき「鰻重」降臨(笑)。懐かしすぎて涙が出ちゃいます。
a0041150_14411120.jpg

おおお、予想以上に立派なのが来ました(笑)。お味は柔らかく、とても甘い。そしてわかりました!10歳の子供だったから、この甘さが食べやすく気にいったのですよ。毎週のように食べていた甘い「鰻」、ここから「鰻ピアニスト」斎藤雅広が誕生しました(笑)。私のルーツ!渋谷の「松川」とばかり思ってましたが、三軒茶屋の「三河屋」さんでした。

「鮨屋に来たんだから「ちらし鮨」とかを食べなさいよ~。まったく、変な子ね~ホント」「いいじゃない(泣)~同じ値段なんだから!!ボク鰻食べたい!」・・・・45年前「三河屋」さんでの母と子の会話。そんなことも思い出しました(笑)。
by masa-hilton | 2013-10-29 17:07 | 日々の出来事
<< 輝く名人芸!さっそうと! 前の記事から今日までは >>