ふぐで身につまされる

ご近所のふぐの名店に行きました。予約なしでは入れないし、高級店なのでお客様たちの品も良い。東京でこれだけのふぐを食べられるお店は数少なく、紛れもない名店でもあります。でもボクのまったく個人的な趣味で、こういう店は何かきつい感じがしてしまう。どうしてかな?すばらしいのに。お店の名誉のために言うと、これから書くことはクレームではありません。今回は自分が普段悩んでいることと、ちょっと重なったんです。

例えばふぐがいくらおいしいといっても、下関で頻繁に食べることができる立場だったら、限界を感じて当然でしょ。これだけの良い品物でも辛いですよね。つまり素材勝負の店はきつい。音楽家でもそうなんです。純粋にショパンらしさで勝負して、ポーランド人にはなかなか勝てないし、フランス人の音色でラヴェルを弾くことは無理。私たち日本人は、たとえ邪道と言われてもピアニスト個人の腕、主観が入ってからが勝負。でないと同じ土俵には立てない。ほんと身につまされる。だからと言うわけじゃないけど、素材勝負よりも板前の腕や主観が勝った店(ピアニストも)が好き。個性がある方が楽しいし面白いし、気楽に座っていれる。

大好きな太田鮨だって素材そのものだけでは当然北海道や四国の鮨屋に負けるでしょう。でも味なら板前の腕を通して「お寿司」というものになった時、絶対どこにもない天下一品のものに仕立てることは可能。事実ボクは寿司は「東京が一番うまい」と思っていられる。天ぷらの「中山」もそういうお店です。魚の塩焼きも汁物も煮物でも、高級店でもなかなか中山には勝てないのです。それは親父さんのお客さんに対する愛情、腕、雰囲気もすべてが加算され、心に響くからですね。人形町のお祭りは、おいしい老舗の皆さんが仕切ることになるのだけれど、裏方のために作られた今年の「とん汁」が大評判で「いったいどこの店が出したの?」という話になったそうです。これが中山のお母さんの作で、海老がうまいのはともかく、誰にでも作れそうな何気ないニンジンや玉ねぎの天麩羅がおいしいというのは、シューマンのトロイメライが上手いピアニストみたいなもので、それはプロ的に一番凄いことなのでは?と、ボクはそういう変わった考えの持ち主ですから、料理の評論などはできっこありません。

それともう1つ。おいしいけれど・・・・例えば大将が若衆にお小言を言っているような、ちょっとしたことが気になったりする。ラーメンや下町の飲み屋ならそういうのも楽しいし、店員さんがなかなか対応してくれなかったり、無駄話をしていたり感じが悪くても気になりません。昨日のふぐ屋さんは控えめに注文しても3万円ぐらいでしたから。味が上品だとか接客が細やかだったとか、いいことは当たり前に見えて、良い店だからこそもっともっとを要求してしまうのですね。これはボクがこの値段のものを食べる資格がない、余裕がないっていうことなのかもしれないんです。余裕があればどうでもいいことじゃないですか?そんなこと。

同じことがクラシックのお客さんにも言えたりする。オペラ等のコンサートに行くと、ロビーでの知ったかぶりの不平不満話にはうんざりします。でもその心理は上に書いたようなことなんですよね。例えば音楽雑誌を見ていても、たいした演奏家じゃないのが頑張ってそこそこやっているのには簡単に推薦がつきます。どう考えても超一流のランクで比べ物にならないのに、ちょっとのことで厳しい批評がついてたりします。それも同じようなものかな。でもそれっていけないことですよ!!批評家はプロなんだから、素人と一緒じゃだめよ(笑)。気持ちはわかるけど。

そんなわけで演奏だって微妙ですよ。ただ良い演奏すればいいというものでなく、コンサートに行ったらその演奏家のお人柄や姿勢も併せて感じ入るものです。本当にむずかしいものです。そして何のジャンルでもお得感がないと楽しめない(笑)・・・同じ演奏会でも主催者によって入場料が高かったり安かったりします。舞台に立つことはどこも同じなので、いつでも全力でやるのみだけどやはり高い入場券を買った方々に満足戴けたかは心配になりますね~。ただでさえいっぱい曲を弾くのにもっとサービスしてしまう(笑)。量より質だ!(爆笑)って言われても、もしも高い方の会場のピアノの状態やホールの状態が悪かったらどうすればいいの?力むと失敗するしね~困ります。運もあるしね。

こうして食べ歩きで名店に行くのは、大変勉強になります。いつでも油断することなく心を込めてお客様に尽くすことが第1なんだなあと感じています。口で言うのは簡単ですがそれはかなり大変なことなのですね。
by masa-hilton | 2005-12-04 13:28 | 趣味&グルメ
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