過激に生きること

村上ファンドの村上氏・・・確かにやりすぎのような印象。でも過激に精一杯やったのだろう。過激な人が追い詰められていくのは、モーツァルト暗殺のフリーメイソン説も思い起こす。モーツァルトだって現代に生きていれば、過激な人に間違いない(笑)。

ボクは過激に生きるのは大好きだ。というかガンガン過激にやらないと生き残れない。演奏もそう。いつもギリギリのところでやっているし、演奏自体もかなり個性的なものを目指している。ボクはデビューした時から賛否両論。叩かれたこともいっぱいあるし嫌われることもある。でもこういうスタンスだから、逆にこの世界で何とか生き残れているのだと思う。先生でもないし、オケマンでもないし、ほのぼの気分でなんてやってられない。また強烈に応援してくださる方がいなければ生きていけない。そのためには自分が強烈でなくては。なかなかしんどいんだけど(笑)。

応援もしていないし共感もしていないが、急激な村上氏に対する社会の包囲網には考えさせられる。自由だとはいえ、やはりそこには暗黙の拘束があるのだと。もちろん悪いことはしてはいけないし、罪は罪、罰は罰。でもボクは過激に生きていこう。人が何を言おうと、ボク自身も楽しいし周りも皆喜んでくれているんだからね(笑)。
by masa-hilton | 2006-06-06 00:05 | 日々の出来事
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