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ショパンのバラード全曲  スタニスラフ・ネイガウス

ショパンのバラード全曲  スタニスラフ・ネイガウス_a0041150_1720593.jpgスタニスラフ・ネイガウス(STANISLAV NEUHAUS,1927~1980)は、リヒテル等の師であったゲンリッヒ・ネイガウスの息子として知られていたが、その後ブーニンの父親ということで、特に新たな脚光を浴びることになってしまった。ソビエトではどうであったかは別として、日本ではピアニストとしては全く評価されていなかった存在であったし、その実力をして超一流とは言い難いのは今も同じであろう。テクニックも弱いし、パワーがあるわけでもない。精神的な面でも弱さがあり、長い曲でも最後までしっかりと緊張感が続いていかない時もある。ここで巨匠の1人として扱うのも考えさせられる存在かもしれない。

それでも彼の演奏には捨てがたい「何か」がある。完璧な演奏でも「何か」がない演奏家のほうが多いわけで、そうした反動でもあろう、スタニスラフの演奏は続々と復刻されることになり、多くの人によってその実力が認知され、最近は人気も高くなってきている。

ショパンのバラード全曲  スタニスラフ・ネイガウス_a0041150_17464020.jpgその「捨てがたい」ものがかなり本質的なものであるように、私は思う。私はこの人を芸術家として高く尊敬している。まず、現代において失われつつあるノスタルジックな情感だ。温かさとか歌い回しとかそういったものでない、内から溢れてくるようなもので、それはなかなか得がたいものだし、それには大きなスケール感もないと表出できない。かつての巨匠達が持っていたロシア的なロマン性、ピアニスティックな響きの魅力。それがホロヴィッツやリヒテル、ギレリス等の手の届かないレベルじゃなくて、わりと凡人に近いところで再現されるために、もっとわかりやすく、共感も増して享受できる。1969年のモスクワライヴでのスクリャービンの演奏等はその良い例で、このピアノの響きはロシアの音そのもの、エチュードはホロヴィッツやアシュケナージ等のアプローチよりもずっと音楽的で、ソフロニツキーのように悪魔的でもない。8-2の歌なぞはただ濃厚なだけではない複雑な叙情性を見せて素晴らしいし、第4番のソナタもジューコフのような冴えはなかったが、この曲の核心をとらえた弾き方である。

ショパンのバラード全曲  スタニスラフ・ネイガウス_a0041150_1761663.jpg彼の演奏は、平たい言葉で恐縮だがとても人間的なものだと言える。特にこの4曲のバラードは、幾つかの崩壊した部分を含めて、真に迫ったドラマティックさにとても惹かれるし、喜怒哀楽に結びついた自然な高揚が、伝統的なロマン的な演奏法と結びついて憧れさえ覚える。このCDは彼の最後のコンサート・ライヴ(死の6日前)ということで、聴きようによってはセンティメンタルな気分で聴いてしまいがちだが、彼の遺した録音の中でも私は好きなものだし、優れているとも思っている。

また今ひとつクリアーに表現されていないが、アイデアに満ちた解釈のセンスも秀逸だと思う。それは優秀な弟子達にきちんと継承されていて面白い。私はE・モギレフスキーのシューマンのクライスレリアーナ第1曲の演奏で、中間部でペダルをあげてしまう解釈が大好きだったが、それは師であるS・ネイガウスの解釈だった。同じく深々としたルプーのみずみずしいが落ち着きのある叙情性も、本来この師のスタニスラフの持つ音楽への共感を受け継いだものだ。

ショパンのバラード全曲  スタニスラフ・ネイガウス_a0041150_16482891.jpg私は若い頃、モスクワの先生を紹介して下さるという話があって、どうしてこのS・ネイガウス(写真・左)を選ばなかったのか?と大きな後悔がある。今こうして彼の演奏を聴けば、私の心にこんなに共感が宿るのだから、成果が上がらないはずはない。彼の下で勉強できれば私の人生は全く違ったものになっていたかもしれない。結局E・マリーニン(写真・右)を選んでしまって、この食えないおやじは少々意地悪で(笑)、私が精神的に落ち込みスランプになる要因を作ることになった。その後ステファンスカに温かく育ててもらえなければ、私はそのまま死んだままだったことだろう(笑)。しかしS・ネイガウスが人格者であった保証はない。国内でゲンリッヒ・ネイガウスの息子ということでのプレッシャーもあり、ピアニストとしては世界的な成果は収められないでいた彼の、人間性や精神状態はいかがだったのだろう?神経質そうである噂は聞いたし、何よりも早死されたことにも、悲劇的な彼の苛立ちが伝わってくるようだ。
by masa-hilton | 2007-05-01 03:40 | 大ピアニストたち
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