待ちに待ったと言うよりは待たされたブルショルリの第2集のCDがやっと手元に来た。待った甲斐があってというか、第1集に比べればはるかに彼女の演奏の特質がクローズアップされて嬉しい内容で満足。このモニク・ドゥ・ラ・ブルショルリというピアニストについては、ご存じない方も多いと思うが、実は来日もしている。あのカツァリスの先生として有名だが、外国では技巧家として知られていたのに、日本ではまるでモーツァルトの専門家みたいに言われていた。これがワケがわからない。この人の演奏が誰に似ているかといえば、小品ならば「若い頃のルービンシュタインのような」とか?大曲ならば「マイラ・ヘスのような」という感じだろうか。でもヘスよりももっと直感的であるために、レパートリーのレンジも広くスリルを楽しめるアーティストだ。そんな情熱のピアニストで技術も才気も溢れているが、正確さとかそういうものは求めない。さらに「味」や「小技」「情緒」を感じさせる大家というわけでもなく、純粋にヴィルトゥオーゾのタイプで、さらにハリケーン型(笑)。破綻も多い。タッチはバリバリッとした感じだが、ドライではなく感情的、古いタイプに属するピアニストである。爆音で1オクターヴ下にバスを弾いたり、または高く変えて弾きやすくしてテンポを上げたり、そうしたカスタマイズにも遠慮がない。思い切り鋭角的に弾いていくが、そのところどころに楔を打ち込むかのような独特な弾き癖が、これが心を引っかくようにとても魅力的。
師事した先生達が凄いラインアップだ。イシドール・フィリップ、コルトーにザウアー、そしてコチャルスキー。それぞれの持ち味を吸収しただけでも恐るべきピアニストが出来上がりそうだ。 私はこの人を最初に聴いたのはチャイコフスキーのピアノ協奏曲だったが、その頃すっかりホロヴィッツにかぶれていたので、全く興味がわかなかった。私の中でもすっかり忘れられていたが、友人に薦められたのと、たまたまデュティーユのソナタの良い演奏を探していて、この人の演奏にぶち当たる。これが良い演奏、さらにカップリングの目が覚めるようなハイドンに惚れてしまい(そのことは前の怒涛の鑑賞にも書いた)、それからはこの人の復刻盤には注意を払っているというわけだ。交通事故が原因で再起不能になってしまった悲劇の人でもある。 チャイコフスキーのピアノ協奏曲の音の広がりや存在感は以前聴いたときより、ずっと大きく感じられた。勉強になるという感じではないが、個性の輝きを持った演奏で、第2楽章中間部の超ハイスピードの弾き方もなかなかスリリングで面白い。ブラームスの第2番は曲がもう少し落ち着いているのと、録音の関係だろうか、マイラ・ヘス=ワルター盤と同じような貫禄を感じる。でもエリー・ナイのようなカリスマな感じではない。やはり音楽の構築よりは直感と激しいテンペラメントに支配されている。ライヴのサン=サーンスの協奏曲第5番はオケとともにグシャグシャになる部分もあるが、やはりこの人はハリケーンだからライヴものが心地よい。ショパンの華麗なる大ポロネーズはアンダンテ・スピアナートの部分がカット(笑)、これは次のシマノフスキーの主題と変奏とともに、最もブルショルリらしい演奏。思い切りが良く、外面的にも内面的にもピアノを弾く快感を感じさせるもので、彼女の魅力に溢れている。シマノフスキーも途中カットされているので、これらは演奏したけど「あまり気に入らないわ、ふん!」と早々にお蔵にしたテイクかもしれない。ともにキズも多く荒削りで、現在のコンクールならばまずは通らないだろう。でも素晴らしい! とはいえブルショルリはコンクールから名をあげた人だ。でも昔のプロは、絶対に試験やコンクールでは点がもらえるはずがないような演奏をする人が残っていく。個性と存在感を増幅させていくのである。最近の傾向ではどこに行っても満点をもらえるようなスタイルの人たちばかり。それは誰もが頭の中で描ける理想的な演奏の具現だから、凄いことだけどとてもつまらなくもある。何が起きるかわからない、考えつかないようなことをやって欲しい!と思う。ブルショルリは、そういう傾向の最後の世代かもしれない。 ちなみに第1集はモーツァルトの協奏曲が2曲、20番と23番等が入っていて期待したけど、録音のせいかボタボタとした重い感じで、あまりブルショルリの良さが出ていない気がした。20番はカサドゥシュ=セルのような激しいイメージは伝わってくるのだが、彼女の独特な楔を打ち込んでいくタッチのグイというブレーキ感が、鮮明に伝わらずに逆効果に聴こえて残念。きっとナマで聴けばかなりの名演だったはずである。ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲やフランクの交響変奏曲も同じようなイメージ。ただこうしたレパートリーを彼女が弾いていることを、世間に知らしめるには良いものだと思った。この中ではベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番が断然良かった。彼女の個性が前面に感じられるからである。ベートーヴェンにしてはややイタリア的な色彩の演奏だとは思うが、それは個性であって格別な楽しみだ。その明晰さが浮き彫りになっているものほど、このピアニストの魅力が光る感じもするので。ハイドンのソナタのホ短調は第2集にもはいっていたが、これはこの第1集のもののほうが好きだった。 皆さんは新聞などでジョイス・ハットーの残念なニュースを聞かれただろうか。ハットーというのはおばあちゃんピアニストなのだが、この人を愛するあまり夫が、他人の演奏を加工して彼女の演奏ということで発表してしまった、捏造事件である。それを考えるとちょっと怖いのだが、多分これは本物だろう(笑)、そして本物ならばかなり凄い!と思うCDを1点ご紹介したい。 マドレーヌ・ドゥ・ヴァルマレット(ヴァルマレーテ)のCDである。ヴァルマレット国際コンクールという気軽に受けられているものがあるので、ピアノの先生方は意外に合点が行く人も多いかもしれない。ヴァルマレットは忘れ去られたピアニストシリーズの復刻盤で登場したが、これが素晴らしく驚いた。彼女は1899年に生まれ1999年に亡くなっている。実は華やかなキャリアがあり、CDにはミュンシュと共演したポスター等も載せている。こちらもイシドール・フィリップ門下。他のフィリップ門下、ブランカールやティッサン=ヴァランタンにもある高度な演奏技術に支えられた自然でナイーヴな音楽作りが共通している。まず音色の素晴らしさだ。もちろんブルショルリもだが、ピアニストの質はその音色でわかる。作曲家・指揮者・評論家・アマチュアのピアノで驚くほど上手な人は山といるが、その9割方は音質が良くない。逆に演奏そのものがあまり良くなくても、その音質でそのピアニストの底力が量れる。専門家であれば一目瞭然だ。ヴァルマレットのピアニストとしての質の高さを裏付けるように、この93歳での録音というのが、本当に捏造ではないかと思うほどしっかりしている。そして彼女の持っている特質を失っていない。弾いているモーツァルトのソナタは私の嫌いなK576。この曲は古典を弾くと「大馬鹿もの」ということがわかってしまう内容のない子にあげる曲で、この曲だと表面の技術だけでナントカごまかせて、予選が通過できたり出来るのだ。明快な外枠とはっきりしたテクスチュアが必要だけれども、情緒や内容がなくても弾ける曲・・・こういう曲は老巨匠にはかえって難しい曲となる。しかし93歳とは思えないかくしゃくとした姿勢と明るさを保って、さらに歌わせるところは過不足なく見事にまとめている。一方、世界初録音といわれている「クープランの墓」。1928年の29歳のときの録音、当然ラヴェルも存命中。ここでも、どこも崩れることなくニュアンスは十分の演奏、同じような見事なスタイル。舞曲ものよりは、プレリュードやフーガ、トッカータのほうが良い。ヴィニェスを思わせるクールさとアンティークな心遣い、生まれてくる空気が実に芸術そのものだ。あとはドビュッシーの花火、リストのハンガリア狂詩曲等、当時としては驚くほどの磨きぬかれたテクニックで弾きあげる。5歳年下のペルルミュテールを同世代と言っても良いだろうが、ヴァルマレットのほうが幻のピアニストのようになってしまったのはなんという不幸だろうか。単に録音の機会に恵まれなかったということだけなのだろうが。 特にこのCDでは62歳で録音したフォーレの夜想曲があって、これぞ最高の名演といってはばからない。フォーレは絶対にこうあるべきという演奏だ。心に染み入る。理想だ。仮にフォーレが「これはわしの曲ではない」と言ったとしてもこういう風に弾いて欲しい(笑)。これほどロマンティックで繊細で心の通ったフォーレはなかなかお目にかからない。即興曲のほうはフランソワやロン等もうまく弾いているけれど、ヴァルマレットのものはもっと安定感もあるから浸れる。素晴らしいピカイチの演奏だ。ドワイヤンでなくこのおばさんがフォーレの全集を作るべきだった。・・・そんな感じなので、ぜひこのCDは本物であって欲しい。よろしく頼む~神様! これらを聴いてしまったら、一緒に買ったスティーヴン・ハフのCDがどれも実に味気ないものに聴こえてきた(笑)。話題のエマールのシューマンも、なんてタッチが悪いんだろう!って感じに聴こえた(笑)。そんな筈なかろうに。笑い事じゃない。これらはまた改めてゆっくり聴こう。
by masa-hilton
| 2007-05-16 02:16
| 休日は怒涛の鑑賞
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