2007年 11月 17日 ( 1 )

音楽的な世界観

先週オルチャーニさんとのコンサートはとてもうまく行って、ご本人にも喜んでいただけたが、私にしてみればやや他流試合。今回のカバトゥさんはまさに最初の1音からしっくり行く歌手だった。彼女自身も「何年も前から一緒にやってきている人のようだ、何にも問題がない」と何回も誉めてくださったが、それは能力的な問題より志向的(嗜好でもいいかな 笑)な要素が強いと思う。もちろんこちらが得意なフォーレの歌曲とか、レパートリー的にも合っているという理由も大きかった。

「女の愛と生涯」という曲で、この主人公が愚かで空虚な女性に見えてしまう歌い方をされるのが苦手だ。というよりは多くの場合そう歌われている。批評家や教室の先生方の考えを取り入れれば入れるほど、馬鹿げた作品に成り下がる危険な要素すら持っている。

ピアニストにとっては後奏が難所だ。「詩人の恋」と同じような設定でも、完成度や叙情性等々全てが劣っているといっては失礼だが、感じそのものもつかみにくい。出会った頃の喜びを伝え過ぎては主人公の人生観を薄くしてしまうし、涙とともに思い出す悲しみの色を強く出せば、曲の持っているニュアンスを消してしまう。あまりに重要性が目立ってもいけないし、流して無意味になったり、ダラダラ退屈になってしまっては良いはずがない。

この後奏をうまく弾かせてもらうためには、歌手がここまで、様々な情感をつぶやくように歌っていることが大事な条件だ。リアルタイムではなく、かなり昔でもなく、幸せの残像をのこしつつ悲しみに彩られながら、でも淡々とした語り口で話していく語り部のような歌い方をしてもらえると、この後奏で主人公が初めて泣き崩れるような感情的な表現が可能になり、それがうまく行った時の情感はすばらしい。往年の名人達はみんなその方向で歌っているが、今回のカバトゥさんもそうしたお1人だった。音楽の持っている世界を大事に考えている人だ。

a0041150_2327417.jpgこの曲に限らずテンポが揺れて、繊細な表情を選び、濃厚に自分の世界に広がっていく解釈も私のタイプだとありがたい。まるで学生のための伴奏のように、きちっとした明るいロッシーニをテンポ通り弾くようなのは性に合わない。虚しく思えてしまう。もともとピアニストとしてフランソワやコルトーが大好きだし、コルトーのロマンティックなシューマンの伴奏(パンゼラとの共演)が自分の基本設定だから、今回のような変幻自在な歌手との共演でないと喜びは感じられない。そういう意味では大変嬉しかったし満足だった。

楽器が歌うのには限界があるから、実際に「声で歌うこと」ができる人を羨ましいと思っている。ゆえにその「声で歌える」人が生真面目なのはいいけれど、表情薄く何も語れないというのは、その人の存在する意味すら疑問に思えてしまうことはしばしばある(笑)。

a0041150_2316418.jpg「歌うこと」と言えば、私の好きなそのサンソン・フランソワは「ピアノの詩人」とか「ピアノを歌わせる名人」として伝えられているが、実際映像で確認するとそうではないような感じがある。まず彼はレガートには弾かない。ルービンシュタインが弾けば涙が出るくらい叙情的に歌われる旋律も、フランソワはパラパラッと弾いてしまう。ただし雰囲気、彼の描いているイメージ、もともとの音楽の捉え方自体がロマンティックなのである。

映画監督で言うのならば、サスペンスであろうとオカルトであろうと、必ずロマンティックな映画として撮る。だがそこに甘ったるい恋愛の描写とか、歯の浮くような言葉はなかったりする。映画というものはもともとロマンティックなものなのだから・・・というスタンスだけがある。それでいて例えばフランスの映画ならば、先人の巨匠たちの流れや語彙が、自然とそこに香りとして残されているような・・・。

フランソワの独特な歌いまわしも、彼がコルトーやロンから受け継いだ音楽的な伝統である。そしてどこまでも自分のペースを崩さない音楽的な世界観が、彼の演奏を特殊ではあるけれど、より魅力溢れるものにしている。ゆえにその演奏は「感覚的な」と簡単に片付けてほしくないし、もっと重みがあると思う。

今回出たこのDVDの中のショパンのピアノ協奏曲の第1番は、そんな意味でとてもすばらしく、フランソワ・ファンにはたまらない演奏だ。彼の世界が見事に花開き、媚薬のような味わいを振りまいていて、とても楽しめる。「レントよりも遅く」の中に描かれた、あの時代(ドビュッシーの)に生きる男伊達ぶり、爛熟した文化の中で怠惰に堕落していく高い知性のような・・・・こんな演奏を聴かされると、現代の名手の多くがオシメが取れていない小僧のように見えてきて困る(笑)。

またこのDVDにはコルトーが古びたプレイエルで弾くショパンのワルツの映像も入っていて、こちらの味わいの濃さも嬉しい。
by masa-hilton | 2007-11-17 23:43 | 音楽・雑記