2007年 11月 30日 ( 1 )

休日は怒涛の鑑賞 その12

不世出のソプラノの1人、マリア・カラスはまだまだ話題に尽きないようだ。先だっても「永遠のマリア・カラス」という、我々から見ると何ともしがたいような、はっきり言って残酷な映画というか、後味の悪い作品によって、さらに彼女の名前は大きくなっている。またお正月には「最後の愛」とかいう映画が封切られる。逆に言えばそれほどにカラスは大きな存在なのだろうが。

a0041150_1994473.jpga0041150_1910745.jpgカラスの声は独特な響きがあり、どこか無理があるもののような気もする。表現は意外にもアカデミックでもあり、自己中心的に爆発するような大きさや強引さはない。美人だが毛深い人、足の太い人、におう人・・・等々の悪い噂もいっぱいあるし(笑)、女神でありながらも絶対的なものではないような、不思議な存在感を湛えている。ゆえにこうして後世の人たちに無神経にいじられてしまうのかもしれないが、大事なポイントは彼女の歌には古さがないということ。例えば私の愛聴盤だった2つのヴェルディ「椿姫」、1つはステルラ、1つはロス・アンヘレスという大ソプラノを擁したオペラの巨匠トゥリオ・セラフィンの名盤だが、このスタンダードともいえる魂の演奏も、現在のソプラノたちの声からするといささか古びて聴こえてくる。逆に若い人たちはこの演奏の表現力を学び、知る必要がある。だが演奏としての輝きは(現代においては)ややくすむ。一方のカラスの古いライヴ録音からは、そうした感じがなぜかしない。今に生きているのである。

以前書いたが、カラスのEMIに残したレギュラー録音が、70枚に近いセットで格安で出たばかりだ。同じようにピアノではルービンシュタインのレギュラー録音等も繰り返しリリースされたりしているが、リハーサルの録音も含めてレギュラー盤に押し上げられて、すべて網羅された上で、どことなくヒステリックに売られてしまう例は、カラス以外にはあまりないだろう。それだけ売れるということか?それならば1枚単価200円というのはおかしい。

a0041150_18521171.jpga0041150_1852404.jpg・・・・・と納得がいかないような、どこか悲しいような気分になりながらも、LPをCDに買いなおすのには正に絶好の機会ではある。左の10枚組は『ルチア旧』『ノルマ旧』『椿姫』『トスカ旧』『カヴァレリア』全曲で1500円だ。ルチアとノルマはステレオ録音しか持っていなかったし、椿姫とトスカは相当傷んだLPでしかない。どれ1つ別売で買っても1500円以上はするものだ。

右のはカラスのライヴコンサートの全集。欲しかったのはライヴ・イン・パリ1963&1976だが、単品で2300円ぐらい。こちらも10枚全集になれば4000円。買うしかないだろう。ちなみにパリのライヴでは、ムゼッタのワルツを歌っていたので欲しかった。他の内容はライヴ・イン・ローマ1952、ライヴ・イン・サン・レモ1954、ライヴ・イン・ミラノ1956、ライヴ・イン・アテネ1957、ライヴ・イン・ロンドン1958&1959、ライヴ・イン・ハンブルク1959、ライヴ・イン・シュトゥットガルト1959、ライヴ・イン・アムステルダム1959、ライヴ・イン・ロンドン1961&1962で、あとはリハーサル風景を収録したイン・リハーサル・ダラス1957と対談が1枚。59年のライヴはほとんど同じ曲だし解釈はほとんど変わってないから、当日の声の調子や微妙なテンポの揺れを楽しむわけ?で、これではちょっとした病的なファンのための時間かもしれない(笑)。でも1日中聴いていても飽きないのが、カラスの演奏だ。

a0041150_21292230.jpga0041150_21332638.jpgチェロのジャクリーヌ・デュプレも17枚組の全集が発売されている。こちらも約7000円だ。正に1音聴いただけでも、その天才を認知させるほどの強烈なエネルギーを持っていた彼女のことは、私は大好きだけれどもこの全集は買えない。なのでこのCDは紹介のみ(笑)。彼女がああして不可思議な病気になってしまったのは、きっと普段から精神と感覚が異常なまでにハイだったからに違いないと思っているので、デュプレの音楽に埋没するのは息苦しいのだ。無邪気というのか大胆というのか、音楽に対していつもピュアで没頭して取り組む姿は、右側のDVDでさらに明白だ。こちらは購入して一気に見てしまったが、もし彼女を初めて見る人は、まずミニスカートで荒馬にまたがるごとくチェロを弾くその姿にも、衝撃を受けるに違いない。師であるプリースとの2重奏やピアノの演奏等、音楽で遊ぶ姿にも鬼気迫るものがあって辛いが、必見の映像であると思う。今なら限定盤で日本語の字幕がついている。彼女もまた、実際異常であったのではあろうが、その性癖等が死後色々取りざたされているのが悲しい。これだけの才能に何を注釈つける必要があるのだろうか。本来ならば彼女の夫君であったバレンボイムももっと責められて然るべきなのだろうが、彼自身が音楽がもたらすイメージとは違った俗な環境に身を置いているので、だれも何も言うことはない。演奏家とはそんなものだ(笑)。

a0041150_1948786.jpga0041150_1943440.jpgそして先日NHKで深夜、今は老人となったそのバレンボイムがベートーヴェンを教え(生徒にはランラン等がいる)、ソナタ全曲をコンサートで弾いていく映像を見て大変感動した。多くの学ぶべきことがある。しかしもう1つ感じたことは「昔のバックハウスは本当にうまかったなあ」ということだ。若き日のバレンボイムが背筋をピンと立てて、ベートーヴェンを凛々しく端正に弾いていた映像を見たときも、ただならぬ才能の大きさと演奏家としてのオーラに圧倒されたが、年齢を重ねたバレンボイムはさらに味わいが深い。もちろん私達からすれば天上人であるし、往年のピアニストたちと比べても、技術や解釈の的確さははるかに優れている。でもやはりバックハウスだ。理由はよくわからないが(笑)、老ルービンシュタインのたった2小節にツィメルマンが勝てないのと一緒だろう。このバックハウスのレギュラー盤のほとんどが1000円という価格で12月12日にリリースされるのも嬉しい。好きなのはモノラル録音でのワルトシュタインソナタの名演。シューベルト=リストの絶妙な演奏が入った、有名なカーネギーホールでのライヴコンサートもおすすめだ。私もブラームスの小品集とハイドンのアルバムを買いなおすつもりでいる。
by masa-hilton | 2007-11-30 00:12 | 休日は怒涛の鑑賞