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新年会その5

a0041150_35341.jpg新年会のその5は渋谷で楽しく終了。場所はチェーン店の「えん」。私は普段は呑まないのでこういう店にも行かないので、色々珍しくとても面白かった。

最近はこの手のチェーン店の呑み屋さんは増えている。どこもお料理もちゃんとしているのが特徴のようだ。というか最近は「飲めさえすればそれで良い」という感じのお客も少ないのだろうね、呑み屋さんも大変だ。店員さんはやや威圧的。きっと酔っ払い相手なので、そのぐらいでないとヤバイのであろう。

店内は暗かったので写真はやめて、「えん」のホームページからお借りした。

そのあとは渋谷の路地にある「鳥金」という焼鳥屋にはしご。ここは完全にオヤジのための店だが、どうして若い女の子もくわえタバコで焼鳥をむさぼっている。でも見ていると女の子はさすがに塩焼きだ。オヤジはタレじゃなくっちゃね。そしてここのタレはかなり濃い感じ。もともと焼鳥はタレで食べるもの!タレだからこそ店の特徴があり、外で食べる意味があるってもんだ。

a0041150_3154889.jpga0041150_316757.jpg赤坂さんがいきなり「カニクリームコロッケ」を追加(笑)。これがまたうまい。焼鳥だけでなく、焼そばやニラレバのようなものや、なんやかんやメニューが豊富で面白い。女将さんの接客はとても上手で感じが良い。

昨年は10公演を越える勢いだったので、今年はまだスーパートリオのコンサートが決まらない。次のコンサートに向けてのイメージや曲目、色々なことを考えて工夫を凝らす。

音楽というのは趣味だから、驚くようなものが好まれることもあったりするわけだけど、好みを超えて誰が聴いても楽しいというものは、目指してもそうは簡単ではないことだ。そういう意味では本当にうまくいっているスーパートリオ!ぜひがんばっていきたい!

1月ももう終わり。何と早いのだろう~何もしないうちに終わってしまった感じだ。今月中に終える予定だった編曲も出来なかった。用は山積み!1つ1つ丁寧に仕上げて、1日1日を大切に生きるのみ。歳をとるとドンドン時間が加速する。最近は友人たちの死にも直面するし、あまり生きる意義を深く考えすぎるとかえって虚しいような感じもある。まずは目先のことからだね。

今日は久々に天麩羅の「中山」さんに行って美味しいお刺身、家庭的な豚汁や天麩羅を戴いて癒された。

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by masa-hilton | 2010-01-27 04:03 | 日々の出来事

ヒルケ・アンデルセンさんのリサイタル

昨年7月に来日するはずでしたが、ご病気で延期されたヒルケ・アンデルセンさんのリサイタルがいよいよ開催です。その群を抜いた実力で世界的な評価をますます上げています。プログラムはなかなか難しい。1日の出会いを描いたフォーレの3曲は特に繊細ですね。もちろん今年はシューマン・イヤーでもありますし、シューマンも注目ですね。
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by masa-hilton | 2010-01-26 00:25 | コンサート・イヴェント告知

セルゲイ・ロマノフスキーさんのリサイタル

奇跡の声と賞されたハイCの持ち主、期待のロシアのテノール、セルゲイ・ロマノフスキーさんが来日です。どんな声なんでしょうね~。フローレスみたいな感じなのでしょうか?ロシア人だということを考えると、ただ良い声というのではなく、幅もパワーもありそうな感じですよね。超凄いのかもしれません!とても楽しみな公演です。

今ご本人はお忙しいということで、こちらも曲の詳細やお願いしている楽譜が未到着(汗)。あはは。テノールの皆さん、よろしくお願いいたしますよ!また詳細が決まりましたら告知いたします!
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by masa-hilton | 2010-01-25 00:22 | コンサート・イヴェント告知

ぜひいらしてくださいね!松山のコンサート!

2006年に大好評で終えることが出来ました松山のコンサート!早いですね、もう4年・・・・そして、みなさまのおかげで第2回目が出来る運びになりました!すばらしい!ありがとうございます!

前回のゲストはバリトンの宮本益光さんでしたね。今回はテノールの高野二郎さん。あの熱苦しく濃厚で、それが魅力のイケメングループ「イル・ディーヴォ」の登場以来、あちこちで勃発中の男4人ユニットですが、まじめに実力者をそろえた二期会の「ジェイド」のメンバーでもあり、モーツァルトやリリックなものからミュージカルでも大活躍する人気者です。何しろご本人が「ミュージカルならまかしとけ!」ということだったので、今回のメインアリアは「オペラ座の怪人」になりました。レギュラーの女性陣も歌ばかりではなく楽しいステージが出来るツワモノたちなので、またまた良いコンサートになりそうです。楽しみですね!曲の詳細が決まりましたらまた告知いたします。ぜひぜひお運びください!

近々松山に行ってきます・・・・もちろん馬肉の仲巳屋本店に行くために!?ですが(笑)。
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by masa-hilton | 2010-01-24 00:50 | コンサート・イヴェント告知

フェルナンド・ポルターリさんのリサイタル

すばらしいと大評判のテノール歌手!フェルナンド・ポルターリさんが来日されます。これはマジ楽しみですね。ご本人は早い時期に来日して、すぐにでも合わせの練習をしたいらしいのですが・・・・でも楽譜の送付はおろか、曲もまだ未定だったりして(笑)。そ・そ・そ・それはどうしたもんでしょうか。あはは!笑って待つことにしましょう!笑う門には福来る!よろしく!

一般的に歌手の方はその場で曲変更とか、色々あるものなんです。特にテノールは(笑)。以前も直前にアレンジの違うバージョンで弾くことになって、この時は不覚にも本番で大きくまちげ~てしまいました(笑)。でもお客さんからみれば、それは私が一方的に悪く見えますからね、笑って許してはくれません。矢面になっちゃいます。でもそうしようもありません。ま、こういう感じの歌手の方は「悪かったね~ごめんね」とフレンドリーに彼らが私に謝ってくれますから、仕事としては大丈夫なんです。が、なるべくそれは避けたい状況(笑)。さささ!踏ん張りドキがまた来襲!
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by masa-hilton | 2010-01-23 00:40 | コンサート・イヴェント告知

アグネス・ツヴィエルコさんのリサイタル

世界の一流歌劇場で堂々の活動を続けていらっしゃるすばらしいメゾソプラノ、アグネス・ツヴィエルコさんの来日です。有名オペラ・アリアばかり歌われますね~とても楽しみです。このコンサートではピアノソロを2曲頼まれました(笑)。これは仕方がないですね・・・・ショパンイヤーですから、ショパンを弾きましょうね。

1曲を除いて大体曲目も決まっています。追ってすぐ告知いたしますね。
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by masa-hilton | 2010-01-22 00:35 | コンサート・イヴェント告知

恒例の戸塚のコンサート!

ここのところ毎年呼んでいただいております戸塚の生涯学習サークルのコンサート。今年も出演することになりました。またまた楽しく出来ればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

今回は室内楽。最近ミラノから帰国なさったヴィオリスト・奥村英樹さんとの共演です。スカラ座のオーケストラで数々の名歌手や名指揮者と一緒に演奏したのってすばらしい体験ですよね。その後、リッカルド・シャイーの要請でミラノヴェルディ交響楽団に在籍されていました。

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by masa-hilton | 2010-01-21 00:31 | コンサート・イヴェント告知

新年会の2、3、4

今年は不義理人間の私には珍しく新年会を多く開催。これが楽しい。とりあえず2、3、4のレポートだが、来週も5があるのだ(笑)。

a0041150_052298.jpga0041150_054217.jpg新年会第1回目は前回ご紹介した浅草の「田佐久」。これははずせない、大好きな行事だ。それで第2回目は?というと浅草の「田佐久」(笑)!もう、どんだけ好きやねん?みたいな感じだが、こちらは太田会。残念ながらきのこさんがお忙しく、こちらはぜひぜひ次回に!ということで今回は3人での出没。太田会としても田佐久は再チャレンジ。でもうまい!うますぎる!そして濃い!「あんきも鍋」最高でございまする。お野菜もいっぱい食べられまんがな。この日は2階に通されて、お隣で「すっぽんフルコース」を食べている方たちとも談笑!とても楽しい1日だ。やはりこの鍋は凄いよ!ホント日本一だと思う。また来るぞ~!

写真には撮らねど、当然のごとくまた「西むら」のどら焼を買って帰るのだった。

a0041150_09238.jpga0041150_093792.jpgさて新年会3回目は焼肉の「京城」。ここもこのブログではおなじみの店。みんなでワイワイ食べて楽しく美味しく、質の割には良心的なお値段。いつものようにバケツのようなサラダをとって、松坂牛と近江牛の特上ロース、上タン、上ハラミ(写真)、カルビ、ささみロース、、ギャラホルモン(写真)にレバ刺を致死量まで。おなかいっぱい!ここも本当にうまい!一緒に行ったメンバーは初めてだったので「叙々苑よりうまい!」と大興奮。ナマでペロペロ食べられるお肉はゴキゲンに決まってるではないか(笑)!

そうは言っても最近焼肉食べすぎか?最近は上野の「陽山道」に通っていたではないか?私は毎日でも良いんだもん。焼肉は鰻の次ぐらいに好きかな。

新年会4回目は神楽坂のミシュラン1つ星のフレンチ・レストラン「ラトラス」でのランチ。上品ながらも量もしっかりあってなかなか良いお店だ。お客にはセレブ風なおば様が・・・・お店はまだ新しい。7500円のランチと5500円のランチはお皿の数は同じ、メインが何であるかによってこの値段の差がある。でもここは鴨料理がイチオシとあったので、鴨のある5500円の方にした。

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まずはフォアグラを3つのお味で戴く。ポアレが一番好きなのだが、割と苦手なことも多い冷製のテリーヌも、生臭さが微塵もなくすばらしい。好み的には最高かどうかわからないが、仕事の中身が充実のレストランという感じ。オマール海老のジェレに美味しいウニなどの極上のシーフードの冷製スープは、お行儀は悪いかもしれないがソースや素材を混ぜ混ぜすればするほど美味しい。それはこの店の特長かもしれない。あいなめ、グレープフルーツのシャーベットもうまかったが、一見サラダ風に出てきた鴨のポアレは、バルサミコテイストのソースなどをグチャグチャ混ぜた方が、数倍うまくなる。これはシェフの技ありだ。鴨そのものも見た目よりもしっかりしていて、思ったよりも量が多く、その歯ざわりがまた絶妙。デザートは流行のロールケーキでも一味違って濃厚。とても満足した。

a0041150_0204165.jpg「ラトラス」は入店のときには、シェフとソムリエがお店の外で待っていてくれて出迎えてくれたのだが、帰りも曲がり角を曲がるまで見送っていてくれた。そういう店だった。

さてせっかくの神楽坂だから「亀井堂」に行く。「亀井堂」と言えばまずはうちの近くの人形焼でおなじみの「亀井堂」。これが神楽坂の職人さんがのれんわけしてもらった店なんだって。そうなんだ。上野の「亀井堂」は神楽坂と一緒で、製品は神楽坂で作って運んでいるとのこと。おもしろいね。その神楽坂は1Fがベーカリーになっていて(左写真)、その名物の「クリームパン」を実は購入しに行ったのである。「クリームパン以外は駄目だよ」と言われていたのに、色々買ってしまった。これがその通りになってしまって(笑)、帰宅後それは大変な思いをしてしまった。確かにクリームパンはうまい。クリームがたっぷりだ。そのほかのものは、なんでこんななのかな~?ちょっとひどすぎるよ。不思議な店だ。

あはは!そればかりではない、昔からお気に入りの和菓子の「梅花亭」にも行って、最中などにも手を出した(笑)。だって美味しいんだから仕方ないでしょ。あいかわらず「大福」や朝焼の「どら焼」も美味しそうだったね。

神楽坂は人形町と同じように、私が住んでみたいと思っていた街だ。
by masa-hilton | 2010-01-20 23:05 | 趣味&グルメ

おいしいラザニアと「イル・バンボリーノ」で遭遇

a0041150_575543.jpga0041150_5102749.jpg私はラザニアが大好きだ。ところがなかなか美味しいものには出会えない。わたしの好きなラザニアはかつてヨーロッパのあるご家族のところで戴いた家庭料理風なラザニア。チーズも具も豊富で、濃厚で温かい気持ちがいっぱい感じられる、そんな感じのラザニアだった。

人形町のピザ専門店でも戴いたがイマイチ。そんな中でまあ良いのは「オムライスの達ちゃん(つぶれてしまいましたね~ 泣)」の向かいにあるかわいらしいイタリアン、半分地下にあるお店「スプーンspoon」でのランチだ。ラザニアは20食限定としているが、そんな大げさのものではなく、とても普通。そして薄い!でも味は何も悪くない。付け合せのサラダもとても無難な感じだ。このお店は女性客のウケがすばらしい。お店の人も女性客たちと楽しそうに会話している。女性客の常連ぶりも友達感覚の店だから、男ひとりはやや居心地が悪いかもだ。いかにもこぎれいな店で味もスッキリとしている。濃厚さやパンチはない。そんなだからあまり個性もいらない。サラッと食べられるものが求められているのだろう。そこに溶けこめれば楽しいことも多いお店かもしれない(笑)。でも結構長く営業しているお店。すっかり安定して定着したお店と言って良いだろう。

a0041150_4433584.jpgさて、私が美味しいピザを食べたいと思えば、当然お気に入りの「イル・バンボリーノ」に出かける。今日もそのおいしいピザを目当てに出かけたのだが、何と新メニューでラザニアがあるではないか!頼んでみると、沖縄のアグー肉とチーズをふんだんに使った、とても濃厚で素朴で家庭的な味わい。そしてとってもうまい!やった!これはいいぞ。こういうのが食べたかったのさ。ぜひレギュラーメニューにして欲しいものだね。お肉もいっぱいなのでボリュームもある。

前菜にはアグー肉のテリーヌを注文。これもとても美味しい。こちらもシンプルで素朴さがあるので、外国の家庭料理っぽい。凝ったテリーヌももちろん悪くないが、この感じも好きなタイプだ。いいね~!あとはお気に入りの「冷静ウニのクリームパスタ」、以前よりウニの身がいっぱい入っているようだね。さらに美味だ。そして「4種のチーズのピザ(クアトロフォルマッジ)」は蜂蜜をかけて大満足!やはりピザはここが一番だ。生地もうまい。私にはメインディッシュがやや軽めな印象もあるのだが、イタリアンとは本来はフランス料理のような重いメインが来ないのが正式だというし、こうして前菜とパスタだけでも十分に満足がいく。お店の雰囲気もとても良い。ガチャガチャ混んでいるところで、うるさく食事はしたくない。落ち着いた雰囲気の中で、味わい深い温かな料理に戴くのは格別。何回でも行きたい店だ。

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後日談:その「スプーン」さんも今はないね。新しいイタリアンに。同じ人がやってたりして(笑)。この当時は、女性には人気だったけどね・・・・。そして「イル・バンボリーノ」さんは今は大人気で混雑(笑)。楽しいお酒は良いけれど、騒ぐのはやめてね。
by masa-hilton | 2010-01-18 08:13 | 趣味&グルメ

休日は怒涛の鑑賞 その17

a0041150_543676.jpga0041150_545250.jpgさて私が発売を心待ちにしていたアルトゥール・ルービンシュタインのDVDは、わりと見やすく復刻されて、大変すばらしいものだった。これはモスクワにおける1964年のライヴで、ポーランド人として国民を、そしてショパンを軽視した国に乗り込んでいく気概を感じさせる充実した感動的な内容。ルービンシュタインはああいう感じの人だから、ライヴだと随分失敗も多かったりもする。それを超えた人間的で音楽的な表現が良いのだが、前回オススメした謝肉祭のCDでも危ないところはいくつかあった。このモスクワライヴは葬送ソナタの2楽章で暗譜を忘れてしまうのだ。彼なりのごまかし方で切り抜けているが、CDではスタジオ録音から音を持ってきて編集して直してある。が、DVDのほうはそのままとなる。私にとってはそんなことはどうでも良く、それは本当にわずかな傷でしかないと思う。77歳とは信じられないほど確信に満ちた、豊かで豪快なステージ!これは誰にでも出来ることではない。ポロネーズ2曲の堂々たる貫禄・・・・得意の英雄ポロネーズの叙事詩のような味わいもすばらしいが、5番ポロネーズの中間部マズルカの優しいまなざしも聴き逃せない。舟歌はロマンティックだが男性的でぐいぐいクライマックスに至るが、コーダの哀感あるゆったりとしたテンポの運びはとても感動的。大人の演奏だ。アンコールに弾かれたシューマンの「夕べに」は絶品。ロマン派の演奏はこうありたいものだ。こうした小品で聴かせる絶妙な間合いも、千両役者の魅力がたっぷり。巨匠の強いメッセージが聴こえたショパン!ショパンの本来のあるべき姿が浮かぶ演奏に、映像まで遺されていたのはありがたいことだ。

a0041150_1024561.jpgもちろんショパンは叙情的なメロディメーカーであるけれど、こうして強い心からの歌で歌いきった演奏に出会うと、とても品格の高い魅力が発動される。同じ高い品格を感じさせる演奏として、ここでぜひ推薦したいのがポーランドの名手ヴィトルド・マルクジンスキーの1963年のイタリアでのライヴ(放送録音)である。このショパンの名手のライヴは何とブラームスの小品から始まっている。これが実に深々としていてすばらしい!作品118の6を冒頭に単独で聴かされて、これほど良いと思えたのも稀な経験と言えるだろう。そして続くは「ベートーヴェンの熱情ソナタ」。もともとマルクジンスキーはショパンのソナタの3番等を、雄大なスケールで弾いていた名手であるから、こうした選曲も可能なわけだけれども、ここでは熱いわき出るような情熱を渋みのある味わいの中に描いている。かなりミスが多いけれどもそれは全く関係ない次元だ。最近彼のショパン以外の録音が続々復刻されてファンとしてはうれしい限りだが、このライヴの後半のショパンを聴けばやはり本領はここにあるのだと納得させられる。ただ「うまい」とかではなく、モスクワのルービンシュタインではないが深い想いがあって、叙情的に心から演奏されている。ここにマルクジンスキーの渋みと品格が加わり、1曲めのノクターン(13番)から引き込まれてしまう。まず和声の変化に連動する心の動きが巧みである。そして部分的に見せるニュアンスによる微妙な自由さが、ショパンの音楽の核心を突いていく。夢見がちな曲のように弾かれるバラードの3番も、実在感のあるレガートな語り口が良い。欠点を言えば技術的な余裕のなさで、これが顔を出すとやや曲の成り立ちが崩れてしまうのだが、彼が何をやりたいかは十分に理解できるので、そこは補い聴くことが出来る。後から弾かれるスケルツォ第3番でもそれは同じ。このスケルツォの高潔な佇まいは、本当に真似のできない境地にある。しかし何よりも3曲のマズルカ、これが凄い。この3曲を聴くためだけにでも、このCDは手に入れるべきものだ。15番作品24-2がこんな風に弾かれるのを聴いたことがない。一言で言えば歌い抜かれているのだが、リズムといい間合いといい、まさにショパンそのもののように感じられた。17番作品24-4は名演がいくつもあるので好みもあると思うが、何とも個性的でうまさをうまさとして感じさせない曲運びが秀逸。45番作品67-4は魔法のような演奏だ。この出だしから導くテンポの動きは自然すぎて神がかっている。こういう演奏は身につけられるものなら身につけてみたい巨匠の技。伝統を学ぶというのはこういうことである。

a0041150_1047216.jpgこうしたショパンを聴くとヨウラ・ギュラーのノクターンはかなり貧しいものに聴こえてきた。いつも思うが伝説の名ピアニストとしては、ギュラーには良い録音が少なくとても残念だ。簡単には語れないピアニストであるし、演奏活動を中止していた時期もあるので、ここだけで全てを判断してはいけない人だ。このノクターンとマズルカだけを弾いた録音も、選曲自体どこか場当たり的でもあり、技術的にも説得力のない状態のままに放置されている。前回のショパンの協奏曲も彼女の真の実力から考えるとおそらく不調なものだったと思う。良い録音がないために後世、結局はライバルのハスキルに大きく水をあけられてしまうことだろう。このCDでは長調のマズルカに優れた表現力が示されているのが面白い。特に冒頭の作品56-2はスケールが大きく、巧みにかわされる絶妙な節回しが魅惑的だ。これにはまったく文句はない、素敵だ。それに比べると短調の曲は、表現そのものが落ち込んで消極的になってしまうことが多く、やはりこれは熱心なファン向けのCDだ。私には上記マルクジンスキーに遠く及ばなく聴こえた。

a0041150_10495562.jpg説得力というのは難しいものであって、巨匠ウィルヘルム・ケンプの弾いたブラームスの小品集にも疑問を感じた。晩年のケンプの弾くブラームスの小品は私のお気に入りだったのだが、こちらは壮年期の録音。技術的にもずっとしっかりしているから聴きやすいかと思いきや、これが期待はずれだった。確かに叙情性に優れ、何とも感動的な音楽が展開している。しかしまず本人が激してしまっていて、音楽の構成が見えてこないのである。こうなっては弾きようによっては難解に聴こえるブラームスの小品が、全体の求心力を失って説得力も弱くなってしまう。大ピアニストのイヴ・ナットがケンプを評して「とにかくあいつはソルフェージュが駄目なんだよ」と言っていたが「こういう状態のことを言っているのだな」と今回初めて思った。面白いことに最晩年の録音の方にはこうした不満がないし、聖域にあるような演奏家だからあまりうかつなことも言えないが(笑)、この録音があまり世に出てこない理由はその辺にあるかもしれない。確かにちょっと考えてみると、構造が明快な作品の方がケンプはよりうまい気もしてきた。

a0041150_11114183.jpgエミール・ギレリスがザルツブルグで行った1972年のライヴでは、上記ケンプが弾いている「ブラームス作品116の幻想曲」を弾いているのだが、これが繰り返し場所の暗譜を忘れてみたり、暴走しそうになって崩壊したりと(笑)、ひどく残念な状況になっているのにもかかわらず、私としてはこの曲の最も好きな演奏の1つになっている。これがちょうどケンプとは逆の理由で、構成力がすばらしくて音楽としてわかりやすい。そこにさらに心に語りかける歌や、美しい情感が示されていくのだから悪いはずがない。難解な音楽をわかりやすく聴かせられるのは、演奏家にとって絶対条件の1つだが、ギレリスはここが優れている。チャイコフスキーの協奏曲からベートーヴェンの後期のソナタまで、どの曲も非常に見通しが良い。もともとこの「ブラームスの幻想曲」はギレリスの得意なレパートリーで、レギュラー盤も含めていくつか録音があるのだが、このライヴでもミスはあっても叙情的な曲の瑞々しさは失われていない。またこのライヴでは「モ-ツァルトのK533ヘ長調のソナタ」を弾いているのだが、ご存知のようにこの第2楽章はモーツァルト全ソナタ中最大の難曲の1つだ。彼の不安定な心とその葛藤がにじみ出る曲の中で、ギレリスの表現力は実に的確である。これがうまく弾けると続く楽章に天上の救いを見ることが出来るが、ギレリスはそれも見事に成功させている。ドビュッシー「映像第1集」は男性的なたくましい表現で、奥行きを感じさせてダイナミックなアプローチ。この個性的な味わいは悪くない。「ペトルーシュカ」は力強く輝かしく、ただただ技巧的に凄くて無機的なものになる傾向ではなく、曲の持つ土臭さも見事に表現をしていた。

a0041150_2501481.jpgギレリスのような人でも、ライヴCDには驚くほどの失敗があるものが少なくない。現代の演奏家は便利な交通手段ゆえに、毎日でもコンサートが出来るわけだが、スケジュールの密集が演奏会の集中力を下げてしまうことはやむを得ないことだ。それを避けるためにはミケランジェリのように、解釈を固定してそれを毎回作り上げる緊張感を持つのも良い。また個性的な演奏は、そこに意気込みが生じてテンションも上がる。技巧派と呼ばれる人は「賭け」みたいな部分でいつも緊張感を持っている。または高い完成度を求めて、感情を捨てたような演奏をしている人もいる。逆にバックハウスのように、自然なスタイルの巨匠的な演奏タイプは、毎回フレッシュな気持ちで演奏していても、結局似たり寄ったりの演奏になってしまったみたいなこともある。一番凄さが目立たないタイプ、このクラウディオ・アラウのライヴがそうだった。「熱情ソナタ」と「ヘンデル・ヴァリエション」は特にすばらしい演奏なのだが、以前購入したライヴとさして変わらない。さらにその他のソナタは、いかにもアラウなら弾きそうな演奏そのもので、新鮮味は感じられない。上記ミケランジェリのように、いつも同じ曲をほぼ完璧に同じ解釈で弾いていく場合にも「新鮮味」はないけれども、個性的なものは強いので興味が尽きない。アラウに対して感じられない「新鮮味」というのはまた別で、むしろ最初から聴く側が「アラウならどう弾くか」という感じの期待感を持って接していないからであり、聴くべきところも違うのである。

a0041150_2322439.jpga0041150_2323953.jpgここにあるのは良い意味で常識の中にある音楽である。クラシックであるからには、常識の中であたりまえに演奏されるものにも大きな価値があるはずなのだが、やはり聴き手は刺激的なものに弱い。それがまた「才能の証明」に繋がっているように感じる。この辺りのことは難しい。演奏家すら惑わされてしまうことがある問題だ。私たちは基本的にオーソドックスな普遍的なものを軽く見るようなことは絶対にない。それでも時に、自己向上ゆえにその枠組みから出てしまうこともある。それはポゴレリチやアファナシエフのような強い意識の中での行動でなくても、例えば過激な環境や刺激の中にいると、自然に自分の音楽の方向性が変わってしまうようなこともあって恐ろしい。ネルソン・フレイレの最近の「シューマン・アルバム」はもしかするとそんな状況での演奏かもしれない。このすばらしいピアニストのいつものフレッシュで豊かな音楽性がここではあまり聴かれず、アルゲリッチの強い影響を受けたか、または若いずば抜けて高い演奏力を持ったピアニストに対抗しようとがんばったのか、刺激的ではあるがキーシンのシューマン等に聴くドライな「楽器の音による未来建築」のようなものと同質になった。私自身の「コルトーやルービンシュタインのようなロマンティックな演奏が好きだ」という個人の趣味を差し引いて、ただ解釈のことだけを考えてもしっくりいかない。例えば「謝肉祭」の理想的な解釈は放送録音で遺されたマイラ・ヘスの演奏だろう。このヘスはアラウに比べてもさらに普遍的であり、その説得力の前では「ヘスならどう弾くか?」等という期待も全く必要がないことがわかる。

a0041150_2105218.jpgでは今一番刺激的なピアニストの代表としては、中国のユジャ・ワンで誰も異論がないと思う。その驚異的な演奏力からして、男性はランラン、女性ならこのユジャ・ワンと、中国のピアニストによって世界は制覇されたといっても過言ではない。この二人は共にゲーリー・グラフマン門下。興奮すると若いから弾きまくってしまうこともあるが、ランランの方は爆発的な直接的な演奏になるのに対して、ユジャ・ワンのほうは仕掛け花火のようにさまざまな場所から閃光が繰り出されるような演奏になるのが面白い。二人とも落ち着いているときは、ランランには「歌」や「音楽」が前面に現れ、ユジャ・ワンには成熟した的確な「解釈」と「構成力」がある。そのユジャ・ワンのCD、そして同じ曲目を含むBSでの演奏をほぼ同時に鑑賞。

CDのほうは、批評や売込みによるとかなり個性的な大胆な演奏ということであったが、もしそういうことならば若いころのアルゲリッチの方が格段にインパクトがあるだろう。あのような嵐が巻き起こるような強烈な個人的エモーショナルで弾かれた演奏ではない。もちろん恐るべき演奏力で繰り出される音楽は普通レベルではないのだが、ここにはきちんとしたオーソドックスな視点が確実に存在している。むしろそこがこのピアニストの恐るべきところで、この演奏にただならぬ説得力を与えて、演奏の過不足・欠点もこの人の1つの個性として受け入れさせてしまう。例えばである、録音または楽器のせいかもしれないが、右手の和音等の上の音の音量や輝きがやや不足がちに聴こえた。その辺のピアニストならば、それはショパン等でのロマンティックな世界の情感を妨げ、リストの最高潮の盛り上がりでの力感の不足を産み出すものだが、ユジャ・ワンの場合は欠点にはならず、「ピアニストの持つ世界」の中に吸収されて、音楽の中で納得させられてしまう。最大級の音量を出さずとも、そこにはそれと同じくらい大きな心の形が見える。これは構成力の尋常ではない巧さであり、何よりも普遍的な解釈をきちんと踏まえた強みだ。

a0041150_2315776.jpgこんな「葬送ソナタ」のあとで聴いたアナトリー・ヴェデルニコフのショパン・アルバムが、何かつまらない演奏に聴こえてしまったから怖い。ヴェデルニコフはいつものヴェデルニコフだから、もちろんロマンに身を焦がすような演奏ではないので、どちらかと言うとショパンのレパートリーは苦手なのかもしれない。またここでのバラードの演奏ではアーティキュレーションがメチャクチャになっていて驚いた。もう一度、名演だと思っていた彼のベートーヴェンのソナタ等を聴きなおしてチェックしなければならないのかな?等と思ってしまったほどだ。それだけユジャ・ワンの演奏がいろいろな意味で凄いということなのだろう。

彼女の驚異の演奏技巧は、緊迫感ではなく余裕のようなものを与えている。ショパンの終楽章やリストの右手の軽やかな動きが、速いのにもかかわらず、スピードが感じられないほどにゆとりがある。人によってスクリャービンはその世界が描き切れていないというような意見もあるが、このゆとりのある運びがスクリャービンの持つギリギリの濃厚さとは異質に思わせるのだろう。しかし私は高く評価する。映像で見るとさらに明らかだが、「ラ・ヴァルス」等で興が乗って自由自在に弾かれていても、もともとの構成力が物をいい、曲全体は1つのストーリーとして完結する。スクリャービンもそうだ。彼女のスクリャービンはまるで「私小説」のような味わいがある。これは今まで誰もやらなかったアプローチだが、これも確かにスクリャービンの世界にある語彙だと思う。ピアノでつむぐ「私小説」・・・なんて魅力的なのだろう。仮に私たちの持つイメージと離れたものを弾いたとしても、そこには心があり、イメージが広がり、聴く楽しさも存在してくる。

映像のほうでは全体的に、より強靭な音が示されて迫力の不足は感じさせない。何と手首の強いことだ。そして二の腕から肩の柔らかさ、これが超人的なテクニックの源泉だろう。そしてやはり広がりのある構成力がすばらしい。十分に歌ったロマンティックな情感とからんで見事な昇華。名演として弾かれていたリストソナタの後半で、とても残念な崩壊があったのだが、私にはそんなことはどうでも良い。そしてその場にいた客としては超絶技巧曲に目が行くのも当然。それはそれで良いではないか。映像を貼れば、その折に弾いた「くまん蜂が飛ぶ」や楽々と弾く「ペトルーシュカ」。

a0041150_284132.jpgランランもそうだが、見た目には東洋人だから我々に近い彼ら。しかし日本の若いピアニストとは絶望的な差が開いてしまっていると思われる。先だっての浜松コンクールでは今度はすばらしい韓国の若手たちに驚かせられたし、いつの間にか置き去りになってしまった日本。後進国にならないためにも、同じ方向ではなく、何か価値のあることを探さないといけないと思う。

笑い話なのだが、同じワンだったのでユジャ・ワンと間違えて買ってしまったこのCD。こちらの女性はシャイン・ワン。この演奏は日本人の優れたピアニストなら十分に可能なレベルだ。もちろん悪くはない。真摯な演奏態度で技術も確か。だが、これこそ本来のスクリャービンの世界とは全く異質なものであろう。全体的にはとても幸せな響きがする音楽だ。どちらかと言えばドビュッシーの初期のころの色彩感を感じさせて明るい。なのでどの曲も、とても親しみやすい次元に還元してしまっているので、好みは別れよう。

a0041150_291583.jpgさて最後に大穴の推薦盤を。トルコの女流ピアニストのギュルシン・オナイのチャイコフスキー1番とラフマニノフ3番のコンチェルト。この2曲については、よっぽどじゃないと聴く気もしないわけだが(笑)、これは「あたり!」だ。まずピアノの音色がすばらしい。気持ちがこもっているし輝きに満ちている。そしてフレージング1つ1つがとても魅力的で、どこも溢れる歌に満たされている。技術的にもとても素敵な冴えがあり、ヴィルトゥオーゾな華やかさと存在感がある。「こりゃすばらしいのでは?」と思って聴いていると、ある部分でちょっとオケの中に隠れたりするところがあったりしたから、「ああ、これがもしライヴだったらなあ。十分許せるし、むしろ奇跡みたいな演奏じゃないの」なんて思っていたらライヴだったのである。オナイはトルコではかなりのスターらしいが、日本では認識されていない。とても残念だ。昨年12月にも日本にやってきて、僅か大使館と知己があったらしい地方公演1つだけで帰ったらしい。この人が日本で有名になるには、まず名前の読みを「オネイ」にすべきか(笑)。このジャケットを見てもきっと素敵なハートを持った演奏家(人)だろうし、何より今後大いに認められて欲しいイチオシの演奏。オネイさん!また来てね。

by masa-hilton | 2010-01-16 05:18 | 休日は怒涛の鑑賞