リストの「愛の夢」第3番をレコーディングする予定にしていて、時間があるときにいろんな人の演奏も聴いたりしていますが、「何かイヤな曲なんじゃないの?」という結論に達しそう。
何回も舞台で弾いたことがあります。自分が満足できたときにはあまりウケなかった。逆に、思いの外に爆走してしまって「ありゃりゃ」と思ったときは、「とても良かった」とか言われて(笑)。この曲、冷静に弾くと安定して弾けて良い感じだけど、それではつまらないんですよね。かと言って感情的に爆走しちゃうと(笑)、弾いている本人にイヤな後味が残ってしまうんですよ。色々な表現の可能性がありますが、実は爆走するほうが本来は楽譜にあることなので、そのあたりのコントロールがまた難しい。 内容もある曲だし、本来はショパンの「別れの曲」ぐらいに「精緻に取り組んだ方が良い曲だ」って、練習していると気がつきます。そうは言っても、レッスンに持っていくような曲じゃないから、ちゃんと教わらずに自力でやることが多い曲。難易度自体も特定しづらいでしょ。まずは客ウケがするからという安易な理由でのみ弾かれることが多い曲・・・あらためて人の演奏を聴くと、かなりいい加減なものが多くビックリしますね。例えばユンディ・リとか・・・・絶対なめてますよね(爆笑)。またある有名な男性ピアニスト、今や中堅の立派な先生です。彼が若いころアルバムで弾いたものですが、ペダル1つまともに踏めていません・・・フレーズもメチャクチャで。そんな感じのものがいっぱいあるんですよ!それは「習ってないから地のまま?」ということなんでしょうか?そりゃヤバイ話だし、ちょっとひどいなあ(笑)。 あの演奏力を誇るランランにしたって、ランランの割には・・・な「愛の夢」でした。あるアンコールで弾いたときは恣意的というほどに個性的で、あちこち不自然に不自由そうな様子、でもコレ、実は昔のウラディミール・ドゥ・パハマンの演奏にとても似ていました。パハマンの演奏はそれこそ超個性的なんですが、リストが亡くなった時パハマンは40歳くらいの感じ・・・・タウジッヒ(リストの弟子)の演奏を聴いてショックを受けて引退中、リストを聴きリストに師事してカムバックという話もあるパハマン。この解釈がはたして「恣意的だ」とは言い切れない歴史の背景があるんですよね。少なくても当時の空気がそこにあるわけで、それを狙ったかランラン!パハマンの弾くリゴレット・パラフレーズ等、妙にハマっている感じがあったりするわけで、この辺りは実に興味深いところです。 さて「愛の夢」、大体ホロヴィッツとかミケランジェリとか弾かないですね。アシュケナージとかアルゲリッチとかポリーニとか、ギレリス・・・・弾いてるかもしれないけど聴かないですよね。我々の知る巨匠たちはあまり弾いていません。バックハウス、ルービンシュタインやアラウ、モイセイヴィッチは録音もありますが、彼らの代表的な演奏という、ハマったイメージがありません。もちろんルービンシュタイン(DVDのほう)など、とても上手なんですけどね。その前の時代の巨匠は弾いている人も多いですし、現役のリストの弟子たちでもあります。でも前述のようにそれぞれ個性的すぎて、リストの弾いた実態を判断するのは逆に難しいです。エミール・ザウアーの詩的な演奏は、リスト自身の解釈を示唆したものという意見がありますが、ハッキリしているのは、このアプローチは比較的「容易に出来そう」に思えます。実際もっとロマンティックな演奏でないと、非凡な才能が感じられない。 現在のスタンダードはホルヘ・ボレットの晩年のものとかですかね?優しすぎ?癒し系?現代人には良いのでしょうか?もっと大マジメに楽譜を大切に、デュシャーブルのような真剣な演奏も手堅いパターンでしょうけど、つまらなく感じます。フランス・クリダのものはぺダリングがプロッフェショナルとは思えないくらい工夫がなく残念。ジョルジ・シフラはたくさん弾いていて、ライヴではかなり適当な感じ。それがランランのようなわざとらしい感じではないので「前時代の巨匠との接点」のようにも感じられます。シフラにしては抒情的な表現でゆっくりめな感じは、他のレパートリーとの対比を考えてのことでしょう。巧くいっている録音も2つぐらいありますが、シフラ自体を一流ピアニストとして評価しない日本の評論家が多かったので、日本ではその解釈が浸透していきません。おかしな話です。 今の若い人たちは、ネットなどでたくさんの音源を聴くことが出来ますから、本当に幸せです。ホントに今、色々な演奏家が予想もしなかった曲を普通に弾いていたことを知って、ショックを受けています。これは当時の評論家の責任ですよね、ひどすぎる!「情報がない」なんて言い訳すらおかしいですよね(笑)、それがお仕事なのに~。そんなこんなで我々の子供のころ、弾かない巨匠も多かったこともあって、レナード・ペナリオとかゲーリー・グラフマンなど、アメリカ系のピアニストで「愛の夢」を認知した人も多いと思います。でもその辺りの人たちは、実はうまい人だったりするので、悪いことはありません。ジェローム・ローウェンタールの幻想即興曲とか(笑)、とても懐かしいですよね。 そんな日本の古い名曲解説辞典には、「愛の夢」の代表的な名演にブライロフスキーの演奏があげられていましたね。豪華さはあるものの、途中から華やかにアレンジを加えたのが安っぽく、全体的には崩れ気味の演奏、やや暗めに出てくる冒頭のフレージングも正しくありません。もともと日本の批評家が大衆好みの通俗名曲として、曲に対しての蔑視のイメージがあったのかもしれません。まだ18歳だったパスカル・ロジェがけっこう良い演奏をしていますが、そのレコードのライナーノートで!中川原理が「抒情的でない」とか批判しちゃってます(笑)。ロジェは「愛の夢」をソナタ(リストの)と同じような視点から弾こうと頑張って弾いていただけですが、中河氏はそれを理解できなかったようです。これも通俗名曲としての偏見があるから、穿った見方になるのですよ。コルトーとかの音源があれば、こんな評論家にとっても「基準」を見つけやすかったかもしれません。コルトーの「愛の夢」、ぜひ聴いてみたかったですね。 元来は歌の曲ですから、表現の方法、歌い回しなども決まっていますし、歌詞の問題もあり、フレージングも限定されている曲です。歌詞の内容がまた「愛の夢」というよりは「愛の教訓」のような啓示を与えるような内容です。なので最近カティア・ブニアティシヴィリが、ボレットの進化型!まさに「夢」そのもののように魅惑的な感じでスタートさせますが、解釈としては全く正しくはありません。 楽譜には中間部はアップテンポになるように指示があり、前述のように「夢見る」よりは「燃え上がる」ほうが本来の表現です。クライマックスを抒情的に弾く表現が伝統的にあるのは、晩年のリストがそのように演奏したから?なのかもしれませんが・・・。ともあれ情感、楽譜から読み取れることから考えて、大巨匠のモーリッツ・ローゼンタールの演奏が、この曲の理想的な解釈の基本になるものだと思えます。彼はリストの弟子でもありましたので、血脈的な説得力もあります。 ローゼンタールのものは、生演奏のように気分本位に弾かれている古いスタイルですが、冒頭の雰囲気は現代に通じるものです。録音したころは高齢ですし、不用意な即興性はコンサートならば十分楽しめるものですよ。演奏自体に「華」があるのが良いところです。最初のカデンツァが終わり、出てくるDの音の長さが神ですね~。実は楽譜の指示が秀逸に再現されているのです。そして最初に書きましたが、自分の思っていた以上に中間部が爆走すると、ちょっと後味が悪いというか(笑)心が折れる・・・・彼の演奏にその気分が感じられます(笑)。それで緊張感が薄くなってしまうのですが、それが人間的でとっても共感できちゃうんです(笑)。ローゼンタールはミクリの弟子でもあって、ショパンの軽いタッチの弾きかたなども伝承されるべきもので、もっと多く論じられるべきものです。その演奏から多くを学ぶことができる巨匠ですね。ルービンシュタインもボレットも彼の門下であったりするのです。 ちゃんと落ち着いた感じで内容豊かに、そしてつまらなくならずに、理屈っぽくもなく甘美であって、完成度も高い演奏、もちろん熱さも失わず・・・・なかなかそういう名演がない中で、旧ソビエトのピアニスト、レフ・ヴラセンコの「愛の夢」は非常に優れた演奏です。クライバーンに次ぐ2位だった人というぐらいしか、日本では認識されていないピアニストですが、いわゆるソ連体制下の強力なピアノの先生として、コンクールの審査などでも暗躍していました。「裏潜行」などと仇名もされましたね(笑)。もう亡くなられていますし、その録音が話題になることもありません。 そして最近リヒテルのライヴが復刻されてこちらもなかなか良い演奏です。「愛の夢」なんかを弾いていたんですね、リヒテル。1958年のブダペストでの演奏。解釈的にヴラセンコの演奏と近い解釈でしたので、ますますヴラセンコを聴く機会はなくなることでしょうね。 共産主義国家の時代、自由のない世界で、本当は才能も豊かだったヴラセンコは何を思っていたのでしょうね?その心の歌で、実にシブい「愛の夢」を奏でています。 このレコードの選曲がまたシブい。リスト作品集/巡礼の年第3年より「哀れならずや-ハンガリー風に」(人の世に注ぐ涙あり)、幻影から第1曲、愛の夢第3番、巡礼の年第2年「イタリア」より「婚礼」、巡礼の年第1年「スイス」より「オーベルマンの谷」。録音するほうもするほうだが、よくぞ買ったり、オタク魂!
by masa-hilton
| 2015-03-20 07:22
| 音楽・雑記
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