人気ブログランキング | 話題のタグを見る

グリーグのピアノ協奏曲   ディヌ・リパッティ

グリーグのピアノ協奏曲   ディヌ・リパッティ_a0041150_1028769.jpgディヌ・リパッティ(DINU LIPPATI,1917~1950)の演奏の中からお気に入りを選ぼうとして困った。どれもが名演なのである。一般的に言われているように、バッハ=ヘスの「主よ、人の望みの喜びよ」が神がかりの演奏であることは言うまでもないし、個人的にはラヴェルの「道化師の朝の歌」の生気あふれる演奏が大好きだ。ショパンのソナタの3番もかなり決定的な演奏だし、彼の遺した演奏には良くないものなどないと言って過言ではないだろう。

リパッティにはとても申し訳ない事件があって、私が子供の頃、彼の有名な「ショパン・ワルツ」を愛聴していたら、母親から「この人の音ブヨブヨしてて全然良くないわ。私の同級生のA子さんはもっとうまかったのよ。」と散々に言われたのである。おかげ様で何となくこのワルツ集がブヨブヨに聴こえるようになってしまった(笑)。親の発言というのは重みがあるので、気軽にいい加減なことは言って欲しくないものである(泣)。

さて実際にワルツを弾いた方はお分かりだと思うが、ショパンのワルツはやさしそうでいて、実は大変難しい。音楽的にどこまで洒脱にして良いのか、舞曲としての要素の追求、また技術もコンサート本番ではけっこう粗が出てしまう。さらにあらためて色々な録音を聴くと、普段上手な人でも良いCDでなかったりする。A子さんとやらがどれほどのものかは知らないが、そんなに素敵な演奏ができるはずはないのだ。

グリーグのピアノ協奏曲   ディヌ・リパッティ_a0041150_10212626.jpgそんな中で非常に自然でいながら派手さも失わず、良いテクニックで丁寧に歌われたこのリパッティのものは、どう聴いても最善のものの1つである。ただ、このワルツ集のLPはいかにもデッドな室内での録音という音色がする。最近の復刻CDはその辺りの編集がまちまちなのは残念。ややリバーブが強くなっているのもあったりするのだが、私は母のせいで、その響きがある復刻盤(写真左)のほうが好き。これだと「ぶよぶよ感」は少ない(笑)。

この人が長く生きたらどんな演奏をしたのだろうか?という興味より、音楽界の図式はかなり違うものになっていただろうと感じる。そんな他人からの思いはともあれ、白血病ということで限られた寿命を知りつつ、演奏し続けた彼自身の心のうちは誰にも触れることは出来ない。その悲痛な運命のイメージの大きさに、実際の彼のピアニストとしての本当の味わいを、私たちは見失いがちなのだ、これはあまり言われていないが真実である。繊細、誠実、完全主義者というイメージがぬぐいきれず、実際の音楽は意外なほど大らかで、実はヴィルトゥオーゾ風な弾きっぷりの良さが随所に溢れているのに耳を閉ざしがちなのは、やはりやむを得ないのか?健康ならばリストやブラームスのソナタも録音したであろう。もちろん前時代のロマンティックな名人達とは違うのは言うまでもないが、近代的な要素が強いとも言えない。上品ではあるけれど、決して禁欲的ではないというのが抽象的だが良い比喩だ。また作曲にも意欲を示した人だったので、構成力にも優れている。病気だから、早世したから、不幸だから名前が遺っているのではない。そんなキワモノカテゴリーでなく、健康で大富豪でお調子者だったとしても、同じ評価を得られた人である。

グリーグのピアノ協奏曲   ディヌ・リパッティ_a0041150_10352994.jpgグリーグの協奏曲では、一見ミケランジェリのような完成度を見せてはいるが、完全に異質。むしろ豪放に弾いていて、スケールの大きさを感じさせる魅力を持った演奏だ。もちろん骨太なタイプではないが、成熟期のギレリスのような輝かしさと深みを、抜群の音色感でバランス良く弾ききり、歌心も豊かだ。

演奏家なら誰でも、死ぬことがわかっていて録音を続けラストリサイタルのライヴ録音までやるのだろうか?私たちはこうして聴かせていただき、その悲壮な清らかで美しい魂に感動するが、残酷だ。ピアノ演奏の次元ではとらえられないリパッティの存在は、演奏家のあるべき姿を命をかけて見せている。彼が弾いたとされていた「ショパン/ピアノ協奏曲」は、実はわが師ステファンスカの演奏が長く転用されていたという事件があったが、多くの人がステファンスカを評価せず、この偽リパッティ名義の同じ演奏を絶賛していた(笑)。そんな大先生や愛好家の中途半端な耳では、きっと彼の美点のすべては見切れないということだ。最大の特色であろう音色の美しさもまた、モノラルのくすんだ録音によって完全に再現し切れぬまま、封印されている。彼の演奏はさらに神秘なものに包まれながら、永遠に生き続ける。
by masa-hilton | 2006-08-01 12:25 | 大ピアニストたち
<< いい伝えを信じるまでもなく 銀座の隠れ家さがし >>