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モーツァルトのピアノ協奏曲第23番K.488   マルグリット・ロン

モーツァルトのピアノ協奏曲第23番K.488   マルグリット・ロン_a0041150_247839.jpg私は昔からマルグリット・ロン(MARGUERITE LONG,1874~1966)の演奏が大好きだ。しかしロンの演奏は時としてわかりにくい時がある。それは1つは感情が前に出て、構成を崩してしまうことがあるからで、それは私もそうなりがちだから(笑)共感できる。実は非常に繊細な巧妙な歌いまわしで演奏されている部分が多く、その芸の細かさを見逃してしまって、彼女の演奏の面白さが伝わってこないということもしばしば。それはとても即興的で、弟子のサンソン・フランソワほど確立された個性(くせ)でもなく、ロシア人ピアニストの如くに大仰でもない上に、速いテンポ(というよりはよく回る指という印象)にかき消されるように、さり気なく進んでいくからややこしい。自分が隅々まで勉強した曲をロンで聴きなおすと、この人の凄さはよくわかる。感性のピアニストだ。一部の論評は「独断に満ちた、作者の意図を無視した自分勝手な解釈」とあり敵意に満ちているが、ロンは自分のスタイルでしか弾かないし、そこが素晴らしいところである。

モーツァルトのピアノ協奏曲第23番K.488   マルグリット・ロン_a0041150_2251649.jpg弾くにも「センスのない石頭には無理」な芸風(笑)~そんなロンのフォーレが好きだ。歌い回しが惚れ惚れするのだが、これを継承したのがイヴォンヌ・ルフェビュール(コルトー門下)やフランソワたちで、この人たちが「フォーレ全集」を録音していれば、世の中は変わっていたはずだ。逆に遺したユボーやドワイヤン(ロン門下!)たちがとても生真面目な演奏で、「いいかげんな素敵さ」があまりない。そのために世界中でフォーレの曲が、ラフマニノフのように弾かれていないのだと思う。ラフマニノフの曲は、弾いた人がホロヴィッツとかだから、やはりそうした魅力的な演奏が王道として評価されていれば、作曲者の魅力も倍増していくわけだ。でもそれも好みの次元で決まって来てしまうこともあり、全てはその時代の「めぐりあわせ」のようなものか。

ロンと言えば有名なのはラヴェルやショパンの協奏曲、フォーレの室内楽、または思い切り個性的なベートーヴェン等々、これらは幾度も聴いて楽しんできたが、今回リリースされた全集ともいえない不思議なアルバムを購入して、ロンのモーツァルトの23番にすっかり魅せられてしまったのだ。そう言えばフジコ・へミングが、あるインタビューで「モーツァルトはみんな同じ曲に聴こえる」と言われたそうで、これはなかなか深く痛烈な一撃だ。今年のように「モーツァルトイヤー」と言うことでこれを商売化してしまうには、むしろ画一されたイメージが便利なのである。そんなブームなら無いほうが良いのでは?もともとモーツァルトは色々なスタイルで演奏されてきているのに、そのイメージが固定され、集約されてしまうなんて退屈で危険だし、すっかり飽き飽きして練習する気すら起こらない。そんな折この楽しい演奏に出会えた!うまい巧みな語り口でのフレージング、それも個性的で気紛れで感情的、これで演奏者の顔が見える。

モーツァルトのピアノ協奏曲というと、通の間ではクリフォード・カーゾンが神格化されている。悲しみがあるとか、天上の音楽とか・・・・確かにカーゾンは、ハスキルと並んで非常に質の高いお手本の1つで、さらに構成力も音色の感覚も優れているので芸術性も高いのだが、私にとってカーゾンはシュナーベルの弟子なのである。よく聴いていると焼き直しに聴こえて、クリエイティヴな感じはシュナーベルの方にあるように思える。その心酔する古き良き時代のシュナーベルのモーツァルト演奏よりも、さらに雄弁なロンのツボにはまるやり方!弾いたことのある人間にはさらに面白くってたまらない。それがまたお洒落に決まっているのも、多彩なタッチで弾いているということだ。味があるという意味では、私はバックハウスのモーツァルトも好きだ。昔の巨匠というのは「うまい下手」という次元を超えてしまうから、やはり凄い。

モーツァルトのピアノ協奏曲第23番K.488   マルグリット・ロン_a0041150_24403.jpgあじわい・お洒落といえば新しく聴いたショパンの8番のワルツが大変な名演。こんな夢の中の舞踏会のようなテンポ設定があったとは。年老いた貴族が、昔の華やかな舞踏会を思い描き、涙しながら心の中で踊るイメージだ。どちらかと言うと大抵はつまらなく弾いてしまいがちな曲、どこか垢抜けていない感じの曲と思われがちだが、この語り口はそのイメージを払拭させてすばらしい。これ1曲を聴けただけでもこのアルバムを買った価値があるというもの。同じく初耳のショパンの幻想曲はフォーレの曲ように聴こえるからまた面白い。しかし細部までよく歌いこまれている。

先日NHK芸術劇場で、エリック・ル・サージュの弾くフルートの伴奏が実に奔放でステキだった。というかステキな感じがした・・・・だが見方によってはもしかすると、彼自身はただ普通にガンガン弾いているだけかもしれないとも見える。ならば余計に、それでいながら、日本人のピアノとのあの差はいったい何なのだろう?これは人種の差か?と誰もが容易に考えさせられたことだろう。それはもちろん個人的な才能の差である。しかしロンのような素晴らしい先達を持つ、その環境と空気に満たされた文化の差。何よりも音楽がそう語っていた。
by masa-hilton | 2006-09-09 00:38 | 大ピアニストたち
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