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休日は怒涛の鑑賞 その6

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_13323975.jpg休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_13325416.jpgヴィルヘルム・ケンプの演奏を幾つか聴く。ケンプの晩年の録音はその神格化されているベートーヴェンでも、やはり老境による指の硬直が邪魔をして色々と問題のある演奏になっている。特にフレージングの最後のぶっきらぼうな切り方や、アクセントの非音楽的なつけ方は弾き癖とか個性という楽しみではなく、嫌な特徴として存在してしまう。また晩年のジェラルド・ムーアの伴奏がそうだったように、音楽の求心力を失い形骸化されてパサパサな印象も受ける。今回まず聴いたメニューインとのベートーヴェンのヴァイオリンソナタもそういった演奏だった。これを会場でライヴで聴けば印象は全然違うのだろうと思うが、本来ケンプが持っていた充実した音楽があまり伝わってはこない。シューマンのクライスレリアーナもいっぱいいっぱいの演奏だし、フレージングの切り方や重さが気になる。そうは言っても老境でこれだけ弾ければもちろん素晴らしいし、ある意味老境のホロヴィッツのほうがずっと壊れてデフォルメされているが、聴き手としての私は、いっぱいいっぱいでも骨格を守ろうとする演奏よりも、崩れても長年の経験が滲み出た演奏のほうが好きだ。叙情的な曲の素晴らしさは言うまでもないが、私的にはあまり楽しめないものだった。

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_13334020.jpgしかしさらに晩年に録音されたバッハの平均律曲集はとても素晴らしい。これはちょっとない素晴らしさだ。「ケンプのバッハ」というのはややロマンティックということで、日本では軽視されてきた経緯があるが、コンクールでないのでそれも個性で良いではないか。このバッハこそもっともっと高く評価され簡単に廃盤になったりしてはいけない録音だ。最後期のケンプの心が見える境地といってよく、聴き古され、弾き尽くされた平均律を「感心」させられるのではなく「感動」させられる演奏だ。こういうものを聴くと、若いうちに話題づくりで「●●全曲演奏」を計画する虚しさを感じさせる。ケンプは、全曲録音をするつもりで半ばで亡くなったのか、もともと狙い撃ちだったのかはわからないが、CD2枚に1巻2巻から独自の配列で弾いているのがまた面白い。大切にしたい1枚だ。

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_13434445.jpg評判が良いので聴きたくてようやく聴いたヨウラ・ギュラーの晩年の録音は、これだけでは何も判断が出来ないというものだった。ハスキル等と並び評されながらも「幻の存在」となった彼女の、ベートーヴェンのソナタ等の伝説の名盤を聴けばこそ、このCDの良さも分かるのだろうが、これだけでは年老いた空洞化された演奏としか耳に入ってこない。スケールが大きいだけ、より空虚だし選曲も微妙。演奏家は人間なので、やはり元気なときの録音が残っていないと辛い。また録音だけでしか知らないというのも問題がある。私は自分の師であるステファンスカの晩年のCDを聴けば、すっと自然に感動できるのだが、それも先生を個人的にまたはライヴで存じ上げているからで、録音の音だけを聴けばかなり乾燥しているし、ドワイヤンやフェブリエと変わらぬ印象を持ったかもしれないし、ペルルミュテールの方を評価しただろう。ここでのギュラーはロマンティックというよりは、これしか出来なかったという限界点のほうが目についてしまった。他の演奏をぜひ多く聴いてみたいと思う。

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_13335837.jpg老境になってからということでは、イヴォンヌ・ルフェビュールも集中的に録音を残した。この人は、フルトヴェングラーとのモーツァルトの協奏曲が突出して有名なのだが、それだけの人ではないしレパートリーも広い。このシリーズは老境ゆえに、ドビュッシーはやや辛かったしフォーレは「雰囲気はわかる」程度で、いたしかたないものもある。しかしその中でラヴェルの作品集は文句なく素晴らしい必聴の1枚。これはとびきりの、驚きの演奏だ。「水の戯れ」もこれほど柔らかく色合いが付いて肌さわりの良い演奏は聴いたことがない。かつてヴェデルニコフの目の覚める演奏を推奨したが、彼女のものは文字通りフランスのエスプリ(こういう抽象的な表現は嫌いだが)とはこういうものだといわんばかりの超名演だ。むしろこういう表現のほうがはるかに難しいだろう。他の曲も的確でいながら遊び心とやさしさと孤独が溢れるような妙技。真似のできない至芸を持った、実に素晴らしいピアニストである。評判によるとベートーヴェンの後期のソナタも素晴らしいらしく、ラヴェルの協奏曲も録音している。ぜひ今後も聴いてみたいものである。

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_13341574.jpgずば抜けた名手でありながら、わが国では評価がトンチンカンな、モニク・ドゥ・ラ・ブルショルリのCDが楽しめた。彼女は日本ではもっぱらモーツァルトの名手ということになっていたが、それは単にその録音が一番簡単に手にはいるということだけだったのではなかろうか?あのカツァリスの先生らしく芸風はもっと多岐多彩だ。実際モーツァルトもうまかったのかもしれないが、録音で聴く協奏曲は今一つ冴えない。しかしそれは録音の音質のせいもある。しかしどこか彼女が彼女らしさを発揮していない感じも受けた。私がラフマニノフのパガニーニ狂詩曲の演奏も平凡だと思ってしまったのも、そのあたりの理由だ。とはいえ世間では、ヴィルトゥオーゾ・ピースも得意とした演奏家であることすら忘れられている。このCDではライヴということもあり、今まであまり知られていなかった彼女の魅力が炸裂する。まずデュティーユのソナタが断然素晴らしい。この曲はコンクールの定番で、高度な技巧によるガラスばりのような、クリスタルな演奏にしばしば接することが出来るが、所詮それでは人工的というか現代音楽という特殊さに終始してしまう。ブルショルリはそうした完成度とは無縁な、音楽的なアプローチで感情的に弾ききり、クラシックな感覚の血の通った音楽として構築しているのが感動的だ。本来の姿を指し示したと言うか、もともと彼女が初演者でもある。そして彼女はハイドンがうまい。こんな演奏はそうそう出来るものではないし、音楽の喜びに満ち溢れ、才気が突出したスタイルが文句なく素敵だ。スリリングな一面も持っているので、いろいろな演奏が復刻されるのを大いに心待ちにしたい。

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_19275271.jpg門下のシプリアン・カツァリスも新盤が出たので、聴いてみる。これはなかなか素晴らしいCDだ。まずはラフマニノフの第3番協奏曲。私としては大好きなレパートリーだし、かつてホロヴィッツ=ライナー盤(レコード)を擦り切れるほど聴いて、神のようにも思っていた曲なのだが、最近はあまりに弾かれ過ぎて食傷している。それもどれも高いレベルでミスもなく、かつ平板でつまらないながらも充実した演奏(笑)といったパターンだらけだ。イェフム・ブロンフマンがウィーンフィルと来日したときの演奏は凄かった。あれはまず理想的な演奏だろう。でも同じように凄い演奏はかつてアルゲリッチのライヴ録音でも聴いた。何となく型にはまってきてしまったのである。そこへいくとカツァリスのものは、速いところは速いし爆発すべきところは爆発し、ロシア臭さは足らないものの聴く者の期待に応えて、久々にこの曲での個性豊かな良いものをやってくれている。というかこれが古い録音だからなのだろうか?とも思った。最近だったらこういう弾き方をする人は少ない。さらに別なことを考えたのだが、私たちはラフマニノフの3番といえばホロヴィッツからアシュケナージ、E・モギレフスキー(好きなタイプ)と来てガブリーロフの1976年の録音をもって、この曲の理想の姿を追ってきたのだった。カツァリスのは1978年のスタジオ録音なので、もしこの折にもっとクローズアップされていれば、聴き手はさらに楽しく充実しただろうし、カツァリス自身ももっと評価を上げたに違いないはずなのだ。しかしカツァリスはコンクールでもギレリスに嫌われ(というより自国のピアニストを推すゆえに)不当な扱いを受けたり、私が感じる上では実力と評価のバランスは悪い気がする。いろいろあるのかもしれないが残念だ。特にショパン等よりもこうした彼の特質がストレートに出る作品を、もっと弾いて欲しいと願っている。同じくラフマニノフの前奏曲23-5やプロコフィエフのソナタの3楽章も爆演で大いに楽しめるし、とどめは「くまんばちが飛ぶ」によるシフラ作曲の演奏会エチュード。これを聴くだけでも、ピアノ好きならこのCDを買う意味がある。チャイコフスキーの協奏曲は録音が悪くオケも今一つだったが。しかしハイ・スピードなオクターブがペダル少なく弾かれるあたりに、聴いていてヨゼフ・ホフマンの雰囲気を思い出していた。

休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_23454793.jpg休日は怒涛の鑑賞 その6_a0041150_1933451.jpgそのカツァリスに意地悪をしたエミール・ギレリスの、1965年3月13日モスクワでのライヴ録音を聴く。このCDで嬉しいのは、ショパンのバラード第1番の素晴しく良い演奏が入っていることだ。とは言ってもライヴなので傷もあり、中間部はあせって速くなっているような気配もアリだが、気力も充分でスリリングに盛り上がる。ギレリスは何回もこの曲をライヴで弾いているのだが、その中では1番の出来だろう。ギレリスは「鋼鉄のタッチ」というキャッチフレーズで有名だったが、このショパンこそ重戦車とも言える音圧の魅力が満載。輝かしく素晴らしい。さらにシューベルトの「楽興の時」のような曲でも、大笑いしてしまう程の鋼鉄の強打!凄い音!で押しまくっているが、これがこれでなかなか良い。こんな風な演奏はまず聴いたことがないので(笑)新鮮だし、たまにはシューベルトでもガンガンの演奏があっても良いではないかと楽しくなってしまった。そうは言っても名手ギレリス、シューマンのアラベスク等はとても叙情的に弾いて、芸術性は保っている。さてもう1つコーガンとギレリスとの共演によるベートーヴェンのソナタのライヴ盤は「クロイツェルソナタ」の白熱した演奏を期待して買ったが、思ったほどではなかった。どちらかといえば遊びの少ない、鋭角的な表現が前に来ているが、こうした厳しい表現で弾かれる「スプリングソナタ」のほうがむしろ品良く素敵だった。
by masa-hilton | 2006-09-23 00:28 | 休日は怒涛の鑑賞
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